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【後編】直木賞作家・朝井リョウに聞く。会社員と作家を兼業してみえた、自分らしいワークバランス。

ソーシャル , 働き方

文:鈴木貴視 写真:ripzinger

大学在学中に『桐島、部活やめるってよ』で作家デビュー。その後、会社員と作家を兼業しながら『何者』で第148回直木三十五賞を受賞した朝井リョウ。現在は作家に専念する自身だが就活・会社員・作家の経験で得たワークバランスについて聞いてみた。

前編では、会社員と作家を兼業していた経験から、自身ならではの仕事に対するバランスやスタンスについて。中編では、『何者』の中でも描かれた、就活やSNSを通じて垣間見えてきたコミュニケーションについてインタビュー。最後となるこの後編では、幼少時代を振り返りながら、作家・朝井リョウがどのように形成されてきたのか、また2015年現在の朝井リョウが"何者"なのか、その真意に迫る。

あさい・りょう

― エッセイ集『時をかけるゆとり』(文春文庫)にも書かれていますが、朝井さんは子供の頃から「人と違うことがカッコいい」と思っていたそうですね。そういう感覚が生まれたきっかけは何だったのでしょうか?

自分に限らず、誰しもが少なからず抱いていた感覚だと思うんです。別の人間になりたい願望と言いますか、自分にしか抜けない剣があるんだ、みたいな。小説を書くことで、その欲望を叶えてくれている部分もありますよね。

― いろいろな表現方法がある中で、なぜ小説だったのでしょうか?

姉の影響です。姉が自由帳に書いていた物語を読んだり、姉が読んでいる本を自分も読んだりしているうちに、自分で書くことにハマってしまいました。

― 作家になってから、朝井さんの作品について話したりしますか?

いや、姉とは趣味が合うというわけではないんですよね(笑)。読んでいる小説も結構エッジーなものが多くて、青春小説は読まない人なんですよ。もしかしたら隠れて読んでくれているのかもしれませんが、私の作品について一切話したことがありませんね。

あさい・りょう

― 子供の頃は、どんな物語を書いていたのですか?

動物を主人公にした絵本のようなストーリーでした。それが幼稚園の頃だったと思います。小学校の頃に、初めて書いた長編を先生に読んでもらったのですが、(普段テストを採点するような)赤ペンではなくて普通の黒ペンで感想を書いてくださったんです。おそらく学校ではなくご自宅で読まれたんだと思いますが、その黒ペンの感想を見て初めて、「この人は先生としてではなく、人間として僕に向き合ってくれたんだ」と感じたんです。小学生の子供からしたら「先生」というのは遠い存在だと思いますが、文章を通じることで同じ立場になることができるんだなと。その感覚が忘れられず、小説を書いている部分もあると思います。

― 今でいえば読者の方のファンレターなどを通じて作品感想を目にすることがあると思いますが、やはり励みになりますか?

そうですね。純粋に作品の感想をいただけるのは有り難いと思います。

― 例えば、子供の頃からあった習慣や考え方で、今の自分にも繋がるようなものはありますか?

小説を書き始めてからは、日々の中でも「いつか今この瞬間を書くんだろうな」という思考を持つようになったと思います。死後の自分がその時々のこと振り返るみたいな、そういう感覚が身についてしまったというか。子供の頃から、子供じゃ無くなっていくことに対してすごく自覚的だったんです。おそらく多くの人が「小説家は体育祭や文化祭など学校の行事があまり好きではない」というイメージを持っていると思います。でも、私の場合はすでに小説を書いていたので、学校の行事を楽しめるのも今のうちだ! だから全部参加しておかないとヤバい! と思っていましたね。

― なぜ、そういう感覚が身についたと思われますか?

書くという行為は、どこかで自分のことを俯瞰的に見ている部分があると思うんです。俯瞰でいると何をやっても100%夢中になることがないというか、99.9%は夢中になるけれど0.1%は冷静に何かを書くために俯瞰している自分が存在している。ですから、何に対しても起承転結といった具合に、物事の終わりを見据えて書く自分というのも自覚しているのだと思います。

― そういった幼少期の感覚も含めて、あらためて今現在の朝井リョウを形成しているものは何だと思いますか? つまり、朝井リョウとは『何者』なのでしょうか?

小説の仕事を始めてずっと感じているのは、人は数年単位で変わっていくということ。単行本を発表すると約3年後に文庫化されるのですが、文庫用にあらためて原稿を修正していると、今とはぜんぜん違うことを考えていたんだなと思うことばかりです。そういう意味では、少なくとも3年に1度は必ず変化している自分を自覚することができる。だからこそ、今の自分が『何者』かを今答えても、2〜3年後には別のことを考えているはずなので難しいですよね。

あさい・りょう

― そのことも踏まえて、2015年現在の朝井リョウを言い表すとすれば何になるのでしょうか? というのも、朝井さんの作品を読むと、どこか自分のこと問われている感覚になる。逆に朝井さん自身が問われたとしたら、何てお答えするのかなと思いまして。

確かに、読者が作品を読んだ後に自分自身のことを考えるという要素は、昔からやりたいと思っていました。最新作の『武道館』では、アイドルの性的な側面を絶対に描きたかったんです。でもそれは、アイドルファンの方から嫌がられるだろうし、おびやかされるはずなんですよね。

― 朝井さん自身も、アイドル好きで知られているので、ファンの方々の心情を理解しているはずですよね。

最近になって私のアイドル好きが知られてきましたが、だからこそこのタイミングにアイドル小説を書いたら読んでもらえるんじゃないかとも考えました。でも実際の内容は、アイドルファンを突き放すようなものになりました。味方の振りをしてひっくり返すとうか、そういうことを昔からやり続けている気がしています。私自身はずっとストリートダンスをやっていましたが、本気で小説家を目指している人にとって、私のような人間が小説家になることって面白くないと思うんですよ。それも何かをひっくり返したかったんだと思います。

― 本業から本業へ進むのではなく、別の角度から極めるというか。

なんと言いますか、実はそういう本業の人たちからバカにされたいんですよ。それで、散々バカにされたところからひっくり返すのが好きなのかもしれません。もっと分かりやすく言えば、裏切りたいんでしょうね(笑)。そういった感覚に近い内容のものを、いつも小説で表現しているような気がします。ですから、あらためて「朝井リョウは何者か?」と聞かれたら「あらゆるものに対して嫌われにいく者」かもしれません。

あさい・りょう

― なぜその朝井リョウが生まれたのでしょう。

具体的には分かりませんが、喜怒哀楽でいえば"怒"の感情に興味があります。怒るということは、その人の感情がキャパオーバーになった状態を指すと思っているんです。つまり、自分の器から感情が溢れてしまったということで、その時に垣間見えるその人の器の形を見たいという欲求がある。そういうことを、小説でも繰り返しているんだと思います。

― 朝井リョウが求めている「おびやかしたい」「おびやかされたい」という感覚も、そういうことが関係しているのかもしれませんね。

そうなのかもしれません。人を怒らすという行為は失うものが多いですが、でも止められないんです(笑)。私自身も、自分の感情を乱されまくった小説に何度も出会っていますが、そういう作品や感覚って忘れることができない。小説というのは、そんな風に人の感情に触れられるのが魅力でもある。時には大切な人やファンの方を失うかもしれませんが、きっと止められないと思う。やっぱり「おびやかしたい」「おびやかされたい」ということを小説で表現することが、私自身の役割でもあるのかなと思っています。

あさい・りょう

直木賞作家・朝井リョウに聞く。会社員と作家を兼業してみえた、自分らしいワークバランス。

  1. 前編
  2. 中編
  3. 後編

プロフィール/敬称略

あさい・りょう

1989年生まれ、岐阜県出身。2009年に『桐島、部活やめるってよ』(集英社)で、第22回小説すばる新人賞を受賞し作家デビュー。同作の実写映画は、第36回日本アカデミー賞で、最優秀作品賞を含む3部門で最優秀賞を受賞。その後、『星やどりの声』(角川書店)、『もういちど生まれる』(幻冬舎)、『少女は卒業しない』(集英社)などを発表。2013年には『何者』(新潮社)で、平成生まれでは初となる第148回直木三十五賞を受賞。2014年の『世界地図の下書き』で、第29回坪田譲治文学賞を受賞。その他、『スペードの3』(講談社)、エッセイ集『時をかけるゆとり』(文藝文庫)など。2015年は、『武道館』(文藝春秋)、文庫版『何者』(新潮文庫)を発売。11月に新作を発売予定。

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