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SPECIAL INTERVIEW

【前編】菊乃井店主とVR研究者が語る、和食の未来を作るテクノロジー

テクノロジー
SPECIAL INTERVIEW

文:長倉克枝 写真:斎藤隆悟(写真は左から村田さん、鳴海さん)

社会や暮らしの課題をITで解決する。菊乃井店主とバーチャルリアリティ研究者が和食とテクノロジーの未来を探るべく語り合った。

ユネスコ無形文化遺産に登録された「和食」。これまで当たり前だと思われてきた料理の方法が、テクノロジーの力で「間違っていた」と明らかにされたことをご存じだろうか。例えば出汁のとり方。水の中に昆布を入れて温度を上げていき、沸騰したら鰹節を入れてひと煮立ちさる、というのがこれまでの常識だったが、実は80度以上では「うま味」のもとであるグルタミン酸を抽出せず、60度で長時間煮るのが最もグルタミン酸が出ることがわかってきた。また、テクノロジーとうまく組み合わせることで、新たな食体験を生み出したり、その奥深さを多くの人に伝えたりしようとする試みもはじまりつつある。

そこで、美味しさを科学で解明する取り組みを研究者とともに行ってきたミシュラン三ツ星の京都の老舗料亭「菊乃井」店主の村田吉弘氏と、バーチャルリアリテイ(VR)で新しい食体験を作ってきた東京大学講師の鳴海拓志氏が、「和食」と「テクノロジー」の未来を探るべく、語り合う。前編では、新たな美味しさを生み出す科学の可能性をお送りする。

老舗料亭店主、和食を科学する

ー 村田さんは「菊乃井」三代目として和食の料理人でいらっしゃる一方で、和食の味わいを科学的に解明する先進的な取り組みもされています。どのような経緯で取り組みを始めたのでしょうか。

村田吉弘(以下・村田) もともと料理人になった時は科学とは無縁で「仕事は見て覚えろ」ということばかり言われてきたんです(笑)。でも和食はレシピの書き方からおかしいと思っていました。「一口大に切って薄塩をふって、さっと湯がく」とあるけれど、外国人には絶対わかりません。和食とはどういう料理か、どういう構造をしているのか聞かれて何も答えられないのに、和食の料理人というのはおかしいじゃないですか。

「料理」とは「理(ことわり)」を「料(はかる)」と書きます。そのためには科学的なことを知らないといけない。私が理事長を務める日本料理アカデミーの300人の会員のうち100人は学者です。当時、京都大学の教授だった伏木亨先生と一緒に、大学のラボ(研究室)の中に厨房を作ったんです。先生が龍谷大学に移られてからは、僕らもそこに引っ越しました。ラボと厨房が一緒にあって、いろいろな先生が集まってきて、僕らがそこで調理をして先生たちと意見を交わす。そうする中で、和食でずっとやってきたやり方が間違っていることもわかった(笑)

村田吉弘

ー 例えば、どんなことでしょうか?

村田 青物(ホウレンソウやコマツナなど、葉の緑色が強い野菜)を湯がくのに塩を入れますよね。伏木先生が「今何入れた?」と聞くので、「先生、料理のこと何も知らへんな。塩入れたら青なるねん」と言うと、先生は「そんなわけあらへんで」と言う。「先生、そやけどずっと昔からやってるし、テレビの番組でも僕はそう言ってきてんねん」と(笑)。実は塩化マグネシウムは微量でも葉緑素を定着させるので、青物に加えると青くなるんです。昔の塩にはにがり成分に含まれる塩化マグネシウムが入ってたんですが、単なる塩化ナトリウム(塩)はどんなに入れても変わらないんです。つまり、今この時代に塩を入れても、青物は青くならない。

鳴海拓志(以下・鳴海) なるほど、今の塩にはにがりが入っていないから、塩化マグネシウムは入っていないんですね。昔の人は正しかったけれど、塩が変わったんですね。

村田 そういうことはたくさんありました。経験や勘ほどいい加減なものはないですね(笑)。だいたい、経験や勘で10年かけて覚えても、人に教えるのに同じくらいかかります。それよりも、数値ではかることで誰でも安定して同じ味を出せるようになる。料理人が変わったら味がめちゃくちゃになるとかよくあるでしょ。個人の能力に頼らないほうが厨房は安定するんです。

僕らの白衣には、中心温度計を入れるポケットが付いています。調理中に中心温度計で中心温度を測って、60度以上ならミディアムになっていますから、それでトレーニングしなさい、と。味も塩分テスターで測る。風邪を引いて味覚が変わっても、これで大丈夫、とわかりますよね。

鳴海 修行の期間も短くなりましたか?

村田 そうですね。これがいいという数値が共有されているから、あとから来た人はそこから始められるんですよ。

人の知覚にアプローチしてVRで味をつくる

ー 数値や科学的な情報を知り、活用することで、料理が安定するんですね。

村田 でも、料理の本質はそんなところにはありません。そこまでは誰でも出来るけれど、その後です。そこから先、世界レベルで競争していける料理人になっていかないといけないのです。

ー そこから先へ行くには何が必要でしょうか?

村田 ヒューマニケーションでしょうね。人、食材、自然に対して、どうリスペクトしていくか。まず感性を磨かなければいけません。人間のこともよく知らないといけない。「この味がわかる」というお客さんが1000人中3人いるとしたら、その3人に焦点を当てないといけないんです。

ところが、感性がどこから来るのかがまず問題です。そもそも、どこまでが味覚か嗅覚か、というのがわからない。ラボの実験で、レモンの香りだけを付けた水を学生に飲んでもらったら「酸っぱい」と言う。ただの水でなにも入ってないのにです。味覚については、あまりにもわからないことが多いんです。

鳴海 まさに今おっしゃったようなことを僕はやっています。バーチャルリアリテイという研究分野です。「リアリティ」というのは「人が現実としてどういうふうに感じているか」ということで、それを人工的に作ってあげれば、個々の体験をもう一度体験したり、他人の体験がわかったりします。人がどう知覚しているのかを研究して、それを組み替えて新しいリアリティを作ろうとしています。

例えば、ゴーグルをかけて見ると、普通のクッキーが香りも見た目もチョコレートになるという仕掛けを作って実験しました。そうすると、普通のクッキーを食べているのに8割の人は「チョコレートクッキーを食べた」と言いました。香りや見た目が味にすごく影響を与えているんですね。人は予測をしてから食べていますが、その予測をどう作れるのか、考えてやってみました。そういうことがわかると、人がどう感じているのかという脳内のこともわかってきます。

ゴーグルをかけて見ると、食べ物の大きさが変わって見えて満腹感が変わるという研究もやっています。大きく見せると、それだけだけですぐにお腹がいっぱいになりました。

メタクッキー

村田 それは僕らがやっていることと同じです。ぎょうさんお皿があるけれど、折りに詰めるとこんなに少なくなってしまうしね(笑)。

予想を裏切る美味しさをつくる科学

鳴海 先ほどの村田さんのお話は、数値を測るといった「料理を科学に乗せていく」ことはベースラインを作ることであり、それをみんなが共有して土台を作っていく、ということですよね。一方で、菊乃井さんはそこから次に進んで、もっと新しいものを作られています。食べないとわからないからと、さきほどお店で懐石料理を食べさせていただいたんですが、自腹で(笑)。

村田 ありがとうございます(笑)

鳴海 貝合わせの器に入っていた、独活(ウド)と筍と烏賊の木の芽和えが僕は一番印象的だったんです。見た目は同じなのに、独活と筍と烏賊にそれぞれ食感のバリエーションがあって、口に入れた時に驚きがある。木の芽和え自体は昔からあるものですが、ああして食べる人の予想を裏切って驚きを作っていく。予想や味覚は人間の身体にとって悪いものを見つけるためのものなので、普通は予想を裏切られると「美味しくない」となります。でも、菊乃井さんの木の芽和えは裏切られても美味しい。そういう新しい体験を作るところに、科学はどう役に立っていくのでしょうか。

村田 日本人はテクスチャーに対して独特なんですよね。他の国の人は、パリパリとかコリコリといった食感と美味さは関係ないのです。口直しのソルベ食べました? 私たちと伏木先生のラボで作ったんですよ。舌のメカニズムとして、甘味を感じるポイントと、辛みを感じるポイントには3秒のタイムラグがあることがわかった。なので、このソルベは最初にフルーツの香りと甘みを感じて、それから痛点を刺激するわさびや辛子の辛さを感じる。そのタイムラグがおもしろいんです。最初に食べると、これは金柑のソルベやろうなと、そのあとからバーンとわさびが効いてくると、「なんや、これ」となるわけで、お客さんは、喜ばれます。

口直しのソルベ

ー どういう狙いで作られたんですか?

村田 美味しいのは当たり前といえば当たり前。他に刺激がないと、なぜ今これを食べないといけないのか、となりますよね。このソルベはタイムラグで2段階の味わいを作っていますが、3段階くらいできるはずですよ。溶けないうちにどうぞ。

鳴海 最初は甘い。美味しいですね。

ー ふた口目からわさびの方が強くなりますね。

村田 これは、ヨーロッパ人が好きだと思います。ヨーロッパ人は香りに弱い。日本人はテクスチャーに弱い。日本には食感だけの食べ物が多いですよね。

菊乃井店主とVR研究者が語る、和食の未来を作るテクノロジー

  1. 前編
  2. 後編

プロフィール/敬称略

村田吉弘(むらた・よしひろ)

菊乃井主人

京都・祇園の老舗料亭「菊乃井」の長男として生まれる。立命館大学在学中、フランス料理修行のため渡仏。大学卒業後、名古屋の料亭「加茂免」で修行を積む。1976年実家に戻り、「菊乃井木屋町店」を開店。1993年株式会社菊の井代表取締役に就任。ライフワークとして、「日本料理を正しく世界に発信する」「公利のために料理を作る」。「機内食」や「食育活動」を通じて、「食の弱者」という問題を提起し解決策を図る活動を行う。2012年「現代の名工」「京都府産業功労者」、2013年「京都府文化功労賞」、2014年「地域文化功労者(芸術文化)」を受賞。現在NPO法人日本料理アカデミー理事長。

鳴海拓志(なるみ・たくじ)

東京大学大学院情報理工学系研究科講師

1983年福岡生まれ。東京大学大学院工学 系研究科博士課程修了。博士(工学)。バーチャルリアリティや拡張現実感の技術と、認知科学・心理学の知見を融合し、五感に働きかけることで人間の行動や能力、生活の質を向上させる方法について研究している。また、これらの研究成果を博物館や美術館で実践的に活用する取り組みもおこなっている。

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