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SPECIAL INTERVIEW

【後編】菊乃井店主とVR研究者が語る、和食の未来を作るテクノロジー

テクノロジー
SPECIAL INTERVIEW

文:長倉克枝 写真:斎藤隆悟(写真は左から村田さん、鳴海さん)

社会や暮らしの課題をITで解決する。菊乃井店主とバーチャルリアリティ研究者が和食とテクノロジーの未来を探るべく語り合った。

美味しさを科学で解明する取り組みを研究者とともに行ってきたミシュラン三ツ星の京都の老舗料亭「菊乃井」店主の村田吉弘氏と、バーチャルリアリテイ(VR)で新しい食体験をつくってきた東京大学講師の鳴海拓志氏が語る、「和食」と「テクノロジー」の未来。前編では、新たな美味しさを生み出す科学の可能性を探ったが、後編では、和食を未来に残し、世界に伝えるためのテクノロジーの可能性をお送りする。

人は脳で食べている。料理だけでなく環境も含めた食体験

ー 美味しさは、どのようにして作られるのでしょうか?

村田吉弘(以下・村田) どんなふうに食べるかで、美味しさは変わってくるんです。少しの量をきれいな食器で、蓋を開けて食べたら美味しいれど、大量に丼で食べると美味しくない、みたいな料理があったりする。そういうテクニックを使いながら、環境を含めて美味しくするというのを一生懸命やってきたのが、京料理なんです。

どうしてかというと、昔僕らが仕えていた人たちは公家なんですよ。運動しないし歩かない。京都は海から遠く離れていて何もないんですよ。その人たちを毎日満足させて食事をしてもらわないといけない。その方法が、実は現代に合っているんです。量そのものはちょっとだけど、デコレーションで視覚に訴えて「わあすごい」となる。

味覚ほどええかげんな感覚はないですよ。人はいろんな環境を肌で感じて、どこでどう感じて、どういう態度で食事をする、ということを過去の経験から割り出しているんだと思います。今、お手元に京番茶を出させて頂いているのですが、お飲みになって癖あると思いませんか?僕らは小さい時から、哺乳瓶の時代から飲んできたから、こんな癖のないお茶はないとなる。でも、飲み慣れていない人にはものすごく癖がある。

美味しいという感覚は、ニュートラルにジャッジできないのが難儀です。人間は見たくないものは見ませんし、脳で食べているから、味も感じたくないものは感じない。だから、それがほんまに美味しいかどうかは、なかなか難しいんです。

鳴海拓志(以下・鳴海) 究極のバーチャルリアリテイ(VR)は、僕が村田さんになり、村田さんが僕になるということなんです。過去の自分を一回捨てて、他人の感覚を体験することだと。村田さんがおっしゃるのはそういう話だと思うんですけれど、そのために料理でされてきたことはありますか?

村田 鳴海さんと一緒に「これ美味しいね」と、食べていたとしますよね。でも、本当にその味と僕が食べている味が同じかはわかりません。他人が何を美味しいと思っているかはわからないんです。

鳴海 では、主観抜きで味を評価できるロボットができたら、どう思われますか?

村田 五味(甘味、酸味、塩味、苦み、うま味)のバランスが優れていれば美味しいかというと、そういうわけでもない。例えば食べたときは酸っぱくてもう二度と食べんとこ、と思っても、何ヶ月か経って「もういっぺん食べてみたいなあ」と思うこともありますよね。

鳴海 はい、ありますね。地方の名物とか、その時はそんなに美味しいと思わなくても、後からもう一度食べたいなあと思います。

村田 何が美味しいかというのはなかなか難しくて、うちの先代は「お前の料理は美味すぎるからだめ」と言う。言われた時は「何を言っとるんだ、おやじは」と、思いっきり喧嘩してましたけどね(笑)。けど、今になって思うと、例えば塩をいっぱい入れると美味しいんですよ。でもそうすると人は満足してしまって、心に残るものがないんです。和食では「残心」がないと表現します。3日ほどたってから「あれはうまかったなあ」と思うのが良い料理だと。心を研ぎ澄ますとわかる味があって、「あの時食べたあれ、美味しかったなあ、もういっぺん食べたいなあ」となるのがええと言われています。

一般常識では、平目にはギチギチに火が通っているよりも、火が少し通っている方が、ふわっとして美味しそうだと思うでしょ。せやけども、ガチガチに火が通ってギュッと噛んだらギュッと音がしそうなやつも、ある時ある状況で食べると美味しいと思う事がある。ルールから外れているけれど、うまいなとなる。そういうのは計算や理屈ではなかなかできないんです。

村田吉弘

引き算で作られる控えめな日本食に相応しい「日本のテクノロジー」で食体験を拡張する

ー 前半でも、数値や科学でできるのはある一定のところまでで、その先は人間の感性である、というお話がありましたが、そこにテクノロジーが入ることで広がっていく可能性はあるのでしょうか?

村田 レシピはテクノロジーがなければ成り立ちません。数値化しないとどうしようもないんです。それをどう考えるのかについては、文系や理系の学者と料理人が一緒にやっていくような時代になったと思います。

鳴海 テクノロジーと料理のコラボレーションは海外でも増えています。ただ、例えばイビサ島のハードロックカフェではプロジェクションマッピングをやっていますが、エンターテイメントにとどまっていて、食の体験をどう演出するかに踏み込めていません。日本の料理と日本のテクノロジーが融合したレストランがもっとできてもいいと思います。体験をうまく引き出すためのしつらえや技術を生み出すことは、僕は出来ると思っています。

村田 やればできるでしょうね。バーチャルで急に暗くなって雨が降っているような感じがあるとか、そういう食を中心にしたアミューズメントがあってもいいという気がします。昔の茶室はそうでしたよね。4畳半の中に宇宙を見る、海辺にいったり山奥に行ったりします。

和食が他の食と完全に違うのは、一番のご馳走はイマジネーションである、という点なんです。白の上用まんじゅうに赤の線がしゅっと引いてあって、「お菓子の名前は?」と聞くと「竜田川です」と言われる。そうすると、頭のなかに紅葉がいっぱいの竜田川が浮かんで、紅葉の中で一服いただくような気分になります。

和菓子はお茶を美味しく飲むのに適当な甘さがいるだけで、後は何もいらないんです。ただ最適な甘さだけが必要。お茶を飲むため、イメージを起こさせるためにある。イチゴの味がしたらイチゴに引っ張られる。触感があるとイメージを邪魔してしまうので、餡も粒はいらないだろうと。味が美味しいとか不味いとかとはまた違う美味しさをそこに感じてもらおうと言うことなんでしょう。

鳴海 ここ(菊乃井)で頂いた懐石料理の中に、「春丘(しゅんきゅう)」というお料理がありました。「春丘」と紹介された時点で、春の丘が頭に浮かびました。

村田 そう、「春丘」と言われるとご馳走になるんです。そういう料理をつくる人たちは、日本人以外にいないんですよ。日本人らしいのは、想像力を大切にするところなんですよ。日本人が作るテクノロジーは、そのイマジネーションの部分に合うのではないでしょうか。

鳴海 実際の味は変えずに経験を引き出すことで、あたかも味が変わったように思わせるテクノロジーは、俳句にも近いですよね。海外では技術もどんどん足し算で進化していきますから、そういう引き算のテクノロジーは日本独特かもしれないですね。

鳴海拓志

テクノロジーで食文化を伝承する

村田 日本料理アカデミーでは全8巻からなる日本料理大全を作っているんです。まずは英語版を出して、今日本語版の最初の巻が出来たところです。「わび」とは何か、発酵調味料について、水との関わりあい、米との関わりあい......日本料理の集大成です。なぜ日本人が米にこだわるのか、外国人にはわかりません。バックボーンを理解せずに料理を理解するのは難しいんです。

村田吉弘

鳴海 貝合わせの器に入っていた、独活(ウド)と筍と烏賊の木の芽和えが僕は一番印象的だったんです。見た目は同じなのに、独活と筍と烏賊にそれぞれ食感のバリエーションがあって、口に入れた時に驚きがある。木の芽和え自体は昔からあるものですが、ああして食べる人の予想を裏切って驚きを作っていく。予想や味覚は人間の身体にとって悪いものを見つけるためのものなので、普通は予想を裏切られると「美味しくない」となります。でも、菊乃井さんの木の芽和えは裏切られても美味しい。そういう新しい体験を作るところに、科学はどう役に立っていくのでしょうか。

例えば、「幽玄」と言っても外国人にはわからない。「琳派」と言っても、今の若い人はわからなくなっている。昔と違ってちゃんと文章にして説明しないとわからない時代になっています。世界の9割の人が「うま味」という概念がわかりません。「うま味」を出す出汁などの文化は和食独特なので。完璧にはわからなくても、和食はだいたいこんなものということを外国人にもわかって欲しい。

ー 概念からわからない相手に伝えるために、テクノロジーを活用することでできることもありますか?

鳴海 映像や音、触り心地で伝えるということはこれまでされてきましたが、和食を高いレベルで伝えるのはなかなか難しいです。今日も、村田さんとお会いする前にまず菊乃井さんのお料理を食べないと話にならないと思いました。食は体験しないと始まらないし、人に伝えていくうえでの障害になっています。さっきおっしゃったように、個人の背景が違うと全然違うものになります。

僕の先生(東京大学の廣瀬通孝教授)は鉄道が好きで、昔、食堂車で食べたカレーの味を忘れられないそうです。食堂車の味を再現したレトルトカレーが売っているんですがそれを食べても、「昔食堂車で食べたものとは違う」と言います。食堂車で食べないとわからないと言うんです。

ひとつの答えが、テクノロジーでそういう周りの環境を再現して、その時の気持ちになって食べるということはできるでしょう。

村田 パリのギメ東洋美術館で「魯山人の美 ―日本料理の天才―」という展覧会をやったんですが、そこではバーチャルで上から懐石料理が出てくるんです。

鳴海 ああ、それ見ました。プロジェクションマッピングで映像が出てくるのですね。

村田 そう。プロジェクションマッピングで仲居さんの手が出てきて、鮎が出てくる。寿司は久兵衛さん(江戸前寿司の名店・銀座久兵衛)のカウンターを再現して、目の前にポンっと握りを置かはるんです。

ミラノでは僕は、茶室を作ったらどうかと提案したんです。正面の壁だけ本物にして、後は全部白の生地で、バーチャルでできるのではないかと。

鳴海 まさに今おっしゃった茶室の装置が以前うちの研究室にあって、周囲四面がスクリーンなんですが、本当にその場にいるかのようになる。それを体験した立花隆さんが、「百聞は一見にしかずと言うが、百見は一体験にしかず」とおっしゃっていましたが、本当にそこに行ったかのような体験をしないと伝わらないものもあります。

村田 それができたら、金閣寺の上で庭を見ながら食事をすることもできるわけです。食は突き詰めるとそういうところにもいける。

ただ、表面的に簡単にできることはあるけど、もっと深い部分で研究者と一緒にやっていかないとだめやと思います。世界に出て行くために、いろんな情報を伝えていくためにITの技術は絶対に必要です。そのためにどんなシステムがいいのかは大きな課題です。

鳴海 それぞれ何が出来て、何が大切か、お互いにまだ理解できていない状況にあると思います。「こういうのを伝えたいんですけど」という要望に対して、「こういうのが出来るんですけど」と提案してみて、「あんたバカだねえ」とか言われながら何かを作っていく、というようなことをやらなければいけない。まだその入口にも立っていないですが、少しずつでもやっていければと思っています。

村田 東大の中にもラボを作ったらいいじゃないですか。

鳴海 機会があればぜひやらせてください。まず、東大に講義に来てください。

村田吉弘・鳴海拓志

菊乃井店主とVR研究者が語る、和食の未来を作るテクノロジー

  1. 前編
  2. 後編

プロフィール/敬称略

村田吉弘(むらた・よしひろ)

菊乃井主人

京都・祇園の老舗料亭「菊乃井」の長男として生まれる。立命館大学在学中、フランス料理修行のため渡仏。大学卒業後、名古屋の料亭「加茂免」で修行を積む。1976年実家に戻り、「菊乃井木屋町店」を開店。1993年株式会社菊の井代表取締役に就任。ライフワークとして、「日本料理を正しく世界に発信する」「公利のために料理を作る」。「機内食」や「食育活動」を通じて、「食の弱者」という問題を提起し解決策を図る活動を行う。2012年「現代の名工」「京都府産業功労者」、2013年「京都府文化功労賞」、2014年「地域文化功労者(芸術文化)」を受賞。現在NPO法人日本料理アカデミー理事長。

鳴海拓志(なるみ・たくじ)

東京大学大学院情報理工学系研究科講師

1983年福岡生まれ。東京大学大学院工学 系研究科博士課程修了。博士(工学)。バーチャルリアリティや拡張現実感の技術と、認知科学・心理学の知見を融合し、五感に働きかけることで人間の行動や能力、生活の質を向上させる方法について研究している。また、これらの研究成果を博物館や美術館で実践的に活用する取り組みもおこなっている。

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