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「つくる楽しさを未来につなげる」 工具通販サイトを運営する「大都」の飽くなき挑戦

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文:高山裕美子 写真:下村亮人

電動工具や作業工具など、およそ100万点以上のアイテムを揃える工具通販サイト「DIY FACTORY ONLINESHOP」を運営する大都。日本にDIYの文化を根付かせようと、大阪と東京に体験型のショップをオープンし、気軽にDIYに触れられる専門サイト「MAKIT!」を発信するなど、さまざまな取り組みに挑戦している。なんと、ターゲットは男性ではなく20〜40歳の女性だ。経営破綻しかけていた昭和12年創業の工具の卸問屋が、大胆に業態転換することで、今や年商27億円を売り上げる企業へと変身。

3代目代表取締役山田岳人さんに、会社を立て直すまでの起死回生のプロセスを語ってもらった。

ー 大都で働き始めたきっかけは、奥さんの存在だったとか?

妻との結婚の条件が妻の実家である大都を継ぐことだったんです。どのみち、いつかは起業したいと思っていましたし、求められて経営をやらせてもらえるんだったらいいかと。工具の卸問屋だとは聞いていましたが、扱っている商品や売上規模など入社するまでまったく知りませんでした。1998年に、6年間勤めたリクルートを退社し、大都に入社しました。社員は15人位。当時28歳だった僕が一番若くて、次に若い人が40代半ばでした。初日にスーツにアタッシュケースで出社したら、「なんでスーツ着てきたんや」と作業着に着替えさせられ、配達にいくから運転しろといわれて。それから5年間、4トントラックを運転しました。リクルートでは営業を担当していたので、営業には自信があったんですが、商品も業界のこともわからない。ひたすら商品のことを覚え、業界がどういうところか学んでいましたね。

ー 入社した時はかなり経営が苦しい状況だったそうですね。

メーカーから商品を仕入れて売るという問屋業なのですが、取引先の半分がホームセンターでした。僕らが100円で卸している商品を他社が95円で卸したら、ホームセンターのバイヤーは「あそこは95円といってきているけど、どうする?」と聞かれる。彼らは僕たちからだけ商品を買っているわけではないですから、結局、「95円にします」といわざるをえない。また、各ホームセンターの値札を貼るのは問屋の役目でした。だから改装するたびに手伝いに呼ばれるし、閉店するとなると商品を持って帰れといわれる。手間は増える一方でしたね。従業員が、ホームセンターから注文が大量に入っても不満をいっているような状態。また、ホームセンターは約束手形で商品の代金を支払うんですが、決済日は180日後なんです。それじゃあ給料を支払うことができないから、銀行で手形割引をしてもらう。そこでいくらか差し引かれてまた利益が減る。金物屋や工具店も約束手形での支払いでしたが、不景気のあおりを受けて倒産するところも多かった。今でも、落ちなかった約束手形の束を手元においています。

3代目代表取締役山田岳人さん

3代目代表取締役山田岳人さん

ー そんな状況を5年間見ながら、耐えていたんですか。

「これ、なんぼやってもあかんのちゃうかな」って思いましたよ。リクルートとは違って、「新しいことをやるぞ!」という世界でもないし、資金的な余裕も、人材的な余裕もない。会社がどんなに赤字でも従業員は定時になると帰るんです。小売店が売れない限り注文はこないわけですが、いかに小売店が売れるようにするか、いろいろと売場の提案をしても受け入れてもらえず、最終的に買いたたかれましたね。

ー そんなときにネット販売をスタートさせたんですね。

当時はネットに関してはまったくの無知でした。友人から「これからネット通販が流行る」と聞いて、「ああ、そうなんだ」と。ただ、「このままだと会社がつぶれて、従業員が路頭に迷う」という危機感だけはあった。大都の強みが生きるのはなんだろうと思った時に、小売店をやることを思いついたんです。けれど、問屋が小売店をするのは業界的にタブーでしたし、資金はゼロだし、在庫を抱える場所もない。とりあえずパソコンを買いにいって、楽天で売ってみようと。

ー ネット販売事業の作業はいつやられていたんですか?

昼間の仕事が終わってからだったので大変でした。商品の撮影をして、説明を書いてアップする。半年位かけて自分で準備して、2002年の7月に通販事業を始めました。一番最初にきた注文は福島県の方でしたね。今までそんな東側のお客さんに販売したことはなかったので驚いて、可能性を感じました。もしかすると日本中から、もっといえば世界中から注文がくるかもしれないと。実際、受注が右肩上がりで増え、送り状の宛名書きで手が痛くなるほどでした。月の売上が100万円いったら新たに人を雇用しようと決めたんですが、1年半かかりましたね。雇用した途端、売上がみるみる倍増していった。時代の流れがきていたんです。やりたいと思っていることがあれば、どんどんやらなきゃいけないと感じました。儲かったら人を入れるんじゃなくて、儲かるために人を入れるべきだった。早く人を雇っていれば、もっと早く成長できたんですよね。今でも後悔しています。その教訓から、僕らは人を先行して採用しています。

ー 2005年にはヤフーショッピングに店をオープンしています。このタイミングで、ネット販売が事業の中心になったのでしょうか?

そうです。ホームセンターに「手形ではなく、現金で取引してほしい」と頼みに行ったんですが、「そんなのできへん」となって、年間、億単位の取引がありましたが、じゃあ、今後の取引はお断りしようということになりました。その後、本格的にネット販売に移行しましたが、先代、先々代が築いてきたメーカーとの信頼関係に支えられましたね。それがなかったら、「ネット販売を始めます!」といっても、どのメーカーも協力してくれなかったと思います。

ー eコマースを軌道にのせるためにどうしたんですか?

とにかくひたすら商品登録です。何が売れ筋かはホームセンターからの注文でわかっている。値札をつけていたから、いくらで売ればいいのかも知っていました。ホームセンターより少し安くしても、利益は大きい。商品のことは5年の間でかなり学びましたので、日本一、商品のことをわかっているという自負もありましたね。

3代目代表取締役山田岳人さん

3代目代表取締役山田岳人さん

ー 企業ビジョンの「つくる楽しさを未来につなげたい」はいつ生まれたんですか?

最初はなかったんです。僕が入社した時は、会社に経営理念もありませんでしたから。2010年頃、eコマースが急激に延びてきて、売上も増え、従業員の業務が多くなってきて、彼らが疲弊するタイミングだった。そういう時に人間って迷うじゃないですか。「俺たち、何のために頑張っているんだろう」と。会社のヴィジョンとかミッションとかがないと、行き先がわからなくなる。それは決めなきゃならないね、という話になったんです。当時のスタッフといろいろ話した上で、ビジョンを「つくる楽しさを未来につなげる」と決めました。これに共感した人と一緒に仕事をしようと。採用試験の面接でもその話をした上で採用を決めます。社内で何かあった時は原点に立ち返って話し合います。

そして、メーカーさんも消費者も僕たちもハッピーになる、ハッピートライアングルをミッションにしようと決めました。お客さんをハッピーにし、メーカーさんにも無理な要求をしない。そして僕たちもハッピーであること。それが社員の共通価値観の1つですね。お客さん向けの情報発信だけでなく、メーカーさん向けに「パートナーズレター」を発信したり、毎月、ベストサプライヤー賞を決定して、メーカーさんに表彰状をお渡ししています。

ー 2014年に大阪の難波にショップをオープンします。eコマースが軌道にのっていた中で、なぜ店舗をオープンしようと思ったんですか?

eコマースを始めて10年経っていました。事業としても伸びていましたが、どこかもの足りなさがあった。お客さんの生の声が聞こえてこないというか。amazon.comが本以外の商品に力を入れ始め、送料無料などを打ち出しているいるので、ガチンコでやったら勝てるはずがない。だったら、amazon.comができないところで勝負しなくてはいけない。ビジョンである「つくる楽しさを未来につなげる」を形にすることを考えた時に、それはお店じゃないかと。店舗の構想はその前からあったんですけど、普通に出しても収益が合わないのはわかっていた。だったら、DIYを文化にするために、体験ができるショールームにしようと。アメリカからきたDIYが浸透しなかったのはそこなんです。ホームセンターは棚に商品を並べるだけでしたから。メーカーさんに店内のスペースを貸すことにしたら、25社が「一緒にやりましょう」といってくれました。その家賃で全体の家賃がまかなえています。他の店舗も同様です。

DIY FACTORY OSAKA店舗

DIY FACTORY OSAKA店舗

ー メーカーに店舗のスペースをレンタルするシステムは珍しいのではないでしょうか?

多分、初めてだと思いますよ。商品を集中的に売りたいメーカーさんはスタッフを派遣してデモンストレーションをしますが、基本的には店舗の僕らのスタッフをトレーニングしてくれます。トレーニングすればするほど、その商品は売れるんですよ。スタッフも知っている商品は薦めますからね。工具メーカーや染料メーカーは、自分たちの商品をきっちり売りたい場所が欲しいというのもわかっていましたので、彼らに提案したんです。年間で契約してもらっていますが、ほとんどが更新していますね。

ー DIYは男性のイメージがありましたが、ターゲットを女性にしたことは驚きでした。

世の中の流れが、この2〜3年で変わっている。東日本大震災がきっかけだと僕は思っているんですけど、自分たちの生活のものは自分たちで作るとか、大量生産の商品を大量消費する時代は終わったとか、消費の仕方、暮らし方が変化したんですね。それは女性の視点なんです。女性のほうが家にいる時間は長いわけですし、「こんな部屋に住みたい」とか「こんなキッチンにしたい」とかそういう気持ちが出てきて、だったら彼女たちをターゲットにしようと思ったんです。暮らしがインテリアやファッションに近づいていっている。若い女性はホームセンターに行かないんですね。なので、雑貨屋のような業態の店にして、工具を売っているけどカフェっぽい、そこに新しい市場があるんじゃないかと。

2013年の3月に国土交通省が借り主負担のDIY型賃貸借契約というのを出したんです。要は賃貸の部屋の現状回復という規定をとっぱらって、借り主が壁紙を貼り直したりするのをOKにしましょうということですが、つまり空家を減らすための対策なんです。日本には820万軒の空家があるのに、毎年90万軒の新築が建つ。日本人は新築が好きなんですね。欧米だとこの逆です。国は今後、リノベーションを奨励していくでしょうし、そういった意味でもDIYは需要が増えていくと思います。

DIYのキュレーションメディア「Makit!(メキット)」を見ると、自分でもおしゃれなテーブルが作れるんじゃないかという気分になってきます。今年3月には、新業態のDIYライフスタイルスクール「DIY FACTORY STUDIY」をなんばパークスにオープンしました。

「Makit!」は去年の10月からスタートしました。「明日の晩ご飯をなんにしようかな」と何気なく「クックパッド」を見るように、「部屋をどんな感じにしようかな」と思った時に眺める感じですね。工具の使い方を動画で見たり、北欧風テーブルを2000円以下で作る方法や100円ショップ商品をうまく利用する術などを紹介しています。「DIY FACTORY STUDIY」はDIYを実践していくための学びと経験の場ですね。ポイント制で基本コースや応用コースなどを選択でき、習い事として体系的にDIYを学べます。インテリアの「ABCクッキングスタジオ」のように、習い事感覚で通えるのがウケているのか、スタートから1ヶ月で会員数が200人を超えました。

ー 女性をターゲットにしていると、工具なども限定する必要があるのではないですか?

そうですね。「自宅再現性の法則」というのがあって、家でDIYを実践してもらえないと文化になっていかないので、店舗には3Dプリンターなどは置きません。電動工具も女性が扱いやすいものがあるので、そういったものを選んでいます。家庭用溶接機もあるんですよ。メーカーさんも時代の流れを見て、扱いやすい商品を開発してくれています。また、社内のプロダクトデザイナーが子ども向けにデザインした、「DIYツールプロジェクト」の商品もこの秋から販売開始します。たとえば、この工具箱は弊社のオリジナルですが、いろんな色や大きさがあるので人気があります。

パステルカラーの工具箱「cotetsu(コテツ)」8色展開3サイズ

パステルカラーの工具箱「cotetsu(コテツ)」8色展開3サイズ

ー 今後のヴィジョンをお聞かせください。

創業79年という歴史のなかで、時代の流れに沿ってやり方を変える必要があった。もしかすると3年後にはまた違うことをしているかもしれない。けれどもDIYを文化にしていきましょうというのは、ブレずにいきたい。将来的には日本の優れた工具を海外にも発信したいですね。僕たちの仕事は、物を売るだけではなく、ライフスタイルを提案していく1つの事業だと思っています。いつかはいろいろな体験ができる、テーマパークみたいなものができると面白いですね。

プロフィール/敬称略

山田岳人(やまだ・たかひと)

1969年、石川県出身。大学卒業後、リクルートに入社。就職情報誌の営業を経て、総合金物工具商社「大都」に入社。2011年に代表取締役に就任。工具などのeコマース事業のほか、店舗としてDIY FACTORY OSAKA、DIY FACTORY FUTAGOTAMAGAWA、DIY FACTORY STUDIYの3軒を展開。

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