シリーズ アジアで働く インド前編 インド宇宙開発からみる、多様性国家インドの可能性

シリーズ アジアで働く インド前編 インド宇宙開発からみる、多様性国家インドの可能性

企画:榊原 宏一(JP Selection planning Group Marketing MG) 文:葛原 信太郎

13億人を超える人々が生きる国、インド。近年、インドの宇宙開発が注目されていることはご存知だろうか。憲法で公認されている言語が21にも及ぶことからも、インドの多様性は伺いしることができる。そんなインドの多様性からなる人材が、インドの宇宙開発、ひいてはテクノロジー産業を世界のトップに押し上げている。

今回は、インドの多様性がテクノロジー産業に与える影響を探るべく、インドの宇宙開発に詳しい宇宙航空研究開発機構(JAXA)の調査国際部 鈴木明子氏と八木陽平氏、そして、インドの人材事業・マーケットに詳しい、リクルート海外人材紹介事業RGFの森土 卓磨と、ニテシュ・クマル・ジェーンの4人に話を伺った。

インドは宇宙産業における先進国

「インドは宇宙産業における先進国です。ロケットの打ち上げ回数は近年では日本よりも多く、地表のモニタリングや通信などで人工衛星を生活に役立てており、宇宙技術の活用が進んでいる国です。」(鈴木)

科学技術振興機構(JST)による「世界の宇宙技術力比較」報告書(2015年)によると、インドは米国、欧州、ロシア、日本、中国に次いで6番目の技術力があるとされている。また、最近では、世界記録を塗り替える104基の超小型人工衛星をロケット1機で打ち上げた。これまでの記録を3倍も上回る実績で、世界が度肝を抜かれた。

宇宙産業におけるインドの躍進のポイントは、国の強いリーダーシップだろう。1972年には「宇宙庁」が設置され、トップを同一人物が兼ねる形で「インド宇宙研究所機関(ISRO)」がインドの宇宙開発を引っ張っている。ISROは日本で言うとJAXAとロケット開発のメーカーが合わさったような役割を果たしているという。

また、1998年に当時の大統領がまとめた "India 2020"というビジョンでは、2020年までにインドが先進国になるために必要なことを調査・分析した。その中で宇宙分野は、原子力、防衛などと並び、技術を取得すべき重要分野と位置づけられている。インドの宇宙開発は国からのトップダウンにより、強力な推進力を得たのである。

また、日本とインドはアジア・太平洋の宇宙開発を盛り上げるパートナーでもある。安倍首相とモディ首相のシャトル外交では宇宙開発も話題にのぼった。

「2005年にJAXAとISROは協定を結び友好な協力関係にあり、若手研究者の交流や、情報共有などを進めてきました。昨年11月には新しい覚書を締結し、さらなる協力を深めようとしています。先週もテレビ会議を実施したところです。」(鈴木)

毎年日本は、40カ国500人が参加する「アジア・太平洋地域宇宙機関会議」をホストカントリーとの共催で行っている。2017年はインドがパートナーだ。両国でアジア・太平洋地域の宇宙開発をリードしていこうというメッセージでもある。

宇宙航空研究開発機構(JAXA)の調査国際部 鈴木明子氏 八木陽平氏
宇宙航空研究開発機構(JAXA)の調査国際部 鈴木明子氏 八木陽平氏

最先端のテクノロジーが実用化されている。

インドの宇宙産業は、人々の身近な部分にも活用されている。

「インド国内には「ビレッジリソースセンター」という施設が500カ所ほどあり、衛星技術を活用した女性の社会進出のための遠隔教育プログラムや、災害情報の伝達、農業・漁業支援などを行っています」(八木)

この衛星通信を活用した取り組みは、世界でも先進的な事例だという。広い国土と、大きい経済格差をもつインドは、テクノロジーを使って国民をエンパワーメントしている。

しかし、特筆すべきテクノロジーは宇宙開発だけではない。生活に根付くテクノロジー、スマートフォンを中心としたインドのインターネット事情についてRGFの2人から話を聞いた。

「発展途上な面もありますがスマホの普及率は非常に高く、インターネットサービスも発達しています。フードデリバリーは日本よりも盛り上がっていますし、インターネットに関わるスタートアップやベンチャーも多い」(森土)

「インドはインターネットの到来がPCではなくスマホと共に来ました。大手のオンラインショッピングサイトはパソコン用には作られておらず、全てスマホが前提となって設計されています」(ジェーン)

「インドには「インド工科大学(IIT)」という世界的に見ても優秀な学校があります。卒業生はアメリカのシリコンバレーに行き、スタートアップに参加して実力をつけ、マイクロソフトやアップルに引き抜かれる。数年後にインドへ戻り起業する、というようなトレンドがあります」(森土)

オンラインショッピングも非常に好調だ。これを支えるのは意外に精緻な物流システムで、これにまつわるビジネスの一つとして、お弁当配達サービス「ダッバーワーラー」があると森土は話す。インドで100年以上続いているビジネスで、毎日17万5000個もの弁当を配達し、配達ミスは弁当600万個につき1個の割合と言われている。インフラが乏しいインドにおいてこういった特殊な背景があることも興味深い。

また、インドと言えば製造業のイメージが強い人も多いだろう。最近の日系企業の製造業の動向についても聞いてみた。

「自動車シェアの約4割を占めるMARUTI SUZUKI、バイクのシェアの3割弱を占めるHONDAは、日系企業としては圧倒的です」(森土)

日系企業は四輪・二輪関連が圧倒的に強い。その他、キャノン、リコーのカメラ、カシオの計算機、時計などもインドでは存在感がある。

インドのテクノロジー発展の源は、ハングリー精神としたたかさ

では、インドのテクノロジーは今後どういった方向に向かうのだろうか。宇宙開発の観点から考えたい。

「インドは外国の衛星を打ち上げるビジネスに積極的に参入していますが。費用が安く、また打ち上げ成功率、信頼性共に高いです。今年2月15日に実施されたPSLV-C37の打上げでは、イスラエル、カザフスタン、オランダ、スイス、アラブ首長国連邦(UAE)の各1機、米国の96機、インドの3機の計104機の衛星が打ち上げられ、これは、一度に打ち上げられる衛星数としては過去最多となります。現在、PSLVという名前の中型ロケットで打ち上げていますが、将来の大型ロケットも開発中です。」(鈴木)

「インドはアジアで初めて火星探査機の火星周回軌道への投入を成功させています。日本でも2003年にのぞみという探査衛星を打ち上げましたが、火星周回軌道への投入はできませんでした。インドはこれも低コストで打ち上げていて、アメリカの技術者もびっくりしていると聞いています」(八木)

PSLV-C37
PSLV-C37 打ち上げの様子
Image Credit: ISRO

国がリーダーシップを取り、トップダウンで進めた宇宙開発は、テクノロジーとビジネスをセットで世界に発信し、信用を積み重ねている。テクノロジーだけを追い求めているのでなく、極めて戦略的に取り組んでいるのが分かる。

こういった戦略的なアプローチはインド人気質が表れていると言える。ここで非常におもしろいバックグラウンドを持つインド人、RGF社員のジェーンを紹介したい。

「子どものとき、シャープのテレビが家にあって、日本の電子機器や精密機械はすごいんだと思って育ちました。インドの高校を卒業してから、インド代表として、18歳のときに国費留学生として日本に来ました」(ジェーン)

東京の日本語学校で語学を学んだあと、香川県の国立高専へ進学したが、人見知りで周囲からは孤立していたという。

「このままではダメだ、自分を変えなくてはいけないと思い、自分から話しかけたり、日本のドラマを見て話題を見つけたり、日本人と外国人の交流会を主催するようになりました。この3年間のお陰で、今の私があります」(ジェーン)

リクルート海外人材紹介事業RGF ニテシュ・クマル・ジェーン
日本人と外国人の交流会の様子

大学卒業後は、大手IT企業に入社し、グローバル展開のゲームの開発などに携わった。 さらに日本と海外との架け橋としてキャリアップを目指し、RGFに転職。現在はインドだけでなく、ベトナム、フィリピン、シンガポールなどの拠点をまわり、各拠点が業績を達成できるように、問題の発見や改善を現場と一緒になって行っている。

グローバルに活躍するジェーンは、インドは「人間らしい国」だと表現する。

「下から上にのし上がろうとする気持ちがすごく強いですね。相手を踏んでも勝ちたい、上に行きたいという思いがあります。日本の価値観で見るとあまりいいこととは思えませんが、これがこの国の強さでもあります。ハングリー精神が強すぎて、物事が進まない場合もありますが...(笑)インドはこれから、世界で一番、労働人口が多い国になります。優秀な人もどんどん集まってくるでしょう」(ジェーン)

インドは世界で一番、労働人口が多い国になる

ハングリーな国民性に加えて、多様な価値観もインドの特徴だ。その多様さをあらわすエピソードを、最後に森土が話してくれた。

「とにかく多様性の国なので、お酒が飲める人、飲めない人。ベジタリアン、ノンベジタリアン、さらにベジタリアンの中にもいろいろあったりします。食ひとつとってもスタイルはさまざま。みんなでごはんを食べに行くと、それぞれの食べられるものを確認し合いながらオーダーしないといけません(笑)」(森土)

多様な文化から生まれる、多様な人材。そして、ハングリーさ。このように、テクノロジー分野においてインドが先進性を持っているのは、その国民性によるところが大きいのではないか。インドの人口は2030年には約15億人、50年には約17億人に到達すると予想され、中国を抜き世界で一番人口の多い国になる。人の数だけ可能性がある。同じアジアの国として、注目すべき国だろう。

プロフィール/敬称略

鈴木 明子(すずき・あきこ)
宇宙航空研究開発機構(JAXA) 調査国際部次長

横浜市出身、東京女子大学短期大学部卒、早稲田大学人間科学部卒業 1984年宇宙開発事業団(2003年よりJAXA)入社。地球観測衛星「だいち」のデータ利用促進、広報、国際協力調整業務等に従事。1999年〜2000年にはNASAジョンソン宇宙センターの広報部門で働く。2012年より国際部にてJAXAと世界の宇宙関連機関との協力強化のために世界を飛び回る日々。

八木陽平(やぎ・ようへい)
宇宙航空研究開発機構(JAXA)調査国際部調査分析課主任

大阪府出身。国際基督教大学教養学部理学科卒業。テキサス大学大学院中退。1999年1月に宇宙開発事業団(現JAXA)入社。宇宙実証研究センターを経て、2004年10月から現職。

Nitesh Kumar Jain (ニテシュ・クマル・ジェーン)
Global Planning Manager, RGF

1989年生まれ。ニューデリー、インドで高校卒業後、日本文部科学省の国費留学生として2008年に来日。日本語学習後、国内大学の先進理工学科を卒業。株式会社DeNA入社を経て、2015年より、リクルートグループに入社。香港ヘッドオフィスにてセレクションDiv.事業推進本部、グローバルプランニングマネージャとしてグローバル全域の事業改善プロジェクト、PDCAモデル導入による組織基盤強化などを担当。2016年からインド拠点に移り、現在は、サーチ事業推進Gにて従事。

森土 卓磨(もりど たくま)
Japan Business Head, RGF Select India Pvt. Ltd.

1987年生まれ。大学でウルドゥー語(インド公用語の一つ)を専攻。卒業後、専門商社にて営業・仕入・人事などに従事。南アジアとのビジネスに携わる。その後、リクルート海外法人RGF HR AGENTに転職、上海拠点にて新規開拓業務に従事。2015年5月 RGFインド拠点へ異動。企業、および転職希望者のコンサルティングに従事。2016年1月より同社ジャパンデスクの責任者を務める。

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