『宇宙兄弟』の名プロデューサー 佐渡島庸平さんのリクルート考

『宇宙兄弟』の名プロデューサー 佐渡島庸平さんのリクルート考

リクルートグループは社会からどう見えているのか。
私たちへの期待や要望をありのままに語っていただきました。

リクルートグループ報『かもめ』2017年4月号からの転載記事です

大欲こそが社会を変えるのに
小欲で満足している人が多いですよね

撮影:神戸健太朗

リクルートさんとのビジネス上の接点は、僕が講談社に在籍していた時代に遡ります。『受験サプリ』(※現・スタディサプリ)がローンチしたばかりの頃、『ドラゴン桜』の作者である三田紀房先生にインタビューをさせて欲しいという依頼がきて。直観的にリクルートが受験業界に対して新しい仕組みで投資を始めようとしているなと感じて、責任者の山口文洋さん(※現・リクルートマーケティングパートナーズ 代表取締役社長)に会わせてもらいました。その場で山口さんに『ドラゴン桜』をサイト内限定で無料閲覧できる権利を買ってもらえないか相談したら、即断してくれて、協働につながりました。今でこそコンテンツが無料であることはさほど珍しくはないですが、2011年当時はまだどこも取り組んでいませんでした。それから数年経ち、今度は僕が教養コンテンツのひとつに講師として出演させてもらっています。

コルクを立ち上げ、経営者となってからは創業者である江副浩正さんや大沢武志さんについても調べ、大沢さんが書かれた『心理学的経営』も拝見しました。おふたりとも東京大学の教育心理学出身で、人がどうしたらやる気が出るのかということを徹底的に考え、組織作りをされていたことに興味を持ちました。

それはある意味、人間で言う体を鍛えることかなと思っていて。体を鍛えて元気になると、自分は何をできるのかをたくさんの選択肢から考えられますし、元気だからこそ見えてくるものがある。逆に、やりたいことがあるからこそ、体を鍛えたいと思う人もいるでしょう。人が成長する過程では、体を鍛えることとやりたいことがぐるぐる回り続けるんだろうなと。

ほとんどの人がそうした健全な肉体の重要性は当たり前のように認識しているのに、こと組織の健全性についてはケアする人がいないことも多い。それに対して、江副さんや大沢さんは組織を健康に保つことの重要さを分かっていて、コミュニケーションをその根幹に置いていた。だからこそ、会社が拡大しても社員全員とコミュニケーションを取ることを怠らなかったし、『かもめ』はリクルートの強さを象徴していますよね。

一方で、リクルートの人たちと接していると、明るさはあっても闇がないなと思っていて。コンテンツビジネスはどう理不尽であるか、人から全く理解されないものを人が欲望するものに変えていけるかが重要なので、人間のなかに潜む理不尽な要求を見つめなくてはいけない。僕が『働きマン』の編集者だった時に、読者から「働けなくなった私を責められている気がして、こんなマンガ読みたくない」という感想がきました。どうでもいいとパッと切り捨てることもできますけど、その人たちの心にまで寄り添った上でワクワクさせ、救えるようなものを作りたいと思えないと、いい作品は生まれない。リクルートの人が持つ明るさだけでは、そうした弱い人の心の叫びに気付けないのではと思います。

そしてもう1点。これはリクルートの人に限らず、世の中全体に言えることかもしれませんが、ビジネススキルや能力は高いけれど、やりたいことがまだ見つかっていない人が多いと感じます。やりたいことがないので数字を上げることに熱中し、世間的ないいものにお金を使うという「小欲」に留まっている。世のため、人のためという「大欲」を持っている人が少ないと感じます。僕が山口さんに協力をしたいと思ったのは、大欲を持っていたからです。「教育を良くしなければいけない。それが国を創る」と本気で考えていた。リクルートが勝って、国も勝って、世界も良くなる。そういった大欲こそが、社会を変えていく原動力になるはずです。

小説の場合、シェイクスピアやフィッツジェラルド、ヘミングウェイといった誰もが読む古典が存在します。でも、教育には、ずっと語り継がれる歴史の学び方はない。参考書はあっても面白くないんですよ。だからこそ、『スタディサプリ』には、実用性がありながら中毒になる面白さを持ち合わせた、教育コンテンツの古典を創って欲しい。そうしたコンテンツには永続性が出てくるし、コンテンツ自体が営業をしてくれるようになるんです。そんな挑戦を、僕も応援したいと思っています。

プロフィール/敬称略

佐渡島 庸平
株式会社コルク 代表取締役社長

1979年生まれ。中学時代を南アフリカ共和国で過ごす。灘高校、東京大学文学部を卒業後、2002年講談社へ入社。週刊モーニング編集部にて井上雄彦『バガボンド』、三田紀房『ドラゴン桜』、安野モヨコ子『働きマン』などの担当を務める。また小山宙哉『宇宙兄弟』は累計1,600万部を超えるメガヒットを記録。TVアニメや映画の実写化を実現させるなど、プロデューサーとしても活躍。漫画以外にも伊坂幸太郎『モダンタイムス』、平野啓一郎『空白を満たしなさい』など、小説の連載も担当。12年に講談社を退社し、作家のエージェント会社である株式会社コルクを立ち上げる。「心に届ける」を企業理念にクリエイター、作品、ファンのマネージメントを手がける。

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