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【前編】「トレンドって作れるんですか?」 日経BP総研 マーケティング戦略研究所 品田英雄×リクルート岩下直司、中村太郎

Recruit , アイデア , ビジネススキル , マーケティング , メディア , 事業推進 , 事業立案

文:稲生諒(レフトハンズ) 写真:伊藤勇(写真は左から中村、品田さん、岩下)

毎年数多くの「トレンド」が現れては消えていく世の中で、どのようにトレンドを予測し仕掛けていくことができるのか、その答えを探る。

2017年末、歌手の安室奈美恵氏の引退報道に世間は大きくどよめき、「インスタ映え」が流行語大賞を獲得し、世相を表す「今年の漢字」は北朝鮮のミサイル発射や九州北部豪雨などから「北」に決定された。毎年あらゆるモノが話題になり消えていく。リクルートホールディングスは毎年、翌年の「トレンド予測」を発表している。2017年末には美容、社会人学習、飲食、住まいなど8つの領域におけるトレンド予測の発表会が行われた。

時代の1シーンをつくるトレンドを素早く察知し、ビジネスに活かすためにはどうしたらよいのだろうか。日経BP社 日経BP総研 マーケティング戦略研究所上席研究員の品田英雄氏を迎え、リクルートの「トレンド予測」の生みの親であるリクルートホールディングスの岩下直司と、同社社外広報の中村太郎を交えて鼎談を開催。時勢が日々変わるなか、今の時代に合った「トレンド」の捉え方について探っていく。

トレンドに世の中が左右されていた時代から現代へ

中村太郎(以下、中村) そもそも、トレンドとは何でしょうか。お二人が考えるトレンドについてお聞かせください。

品田英雄(以下、品田) トレンドとは、一人ひとりの生活者・消費者の意見が代弁された世間の大きな流れだと思います。トレンドにはビジネスや人生を楽しくするヒントがたくさん詰まっていると、これまで仕事をしてきて実感しています。

中村 品田さんはこれまでどのような活動をされてきたのでしょうか。

品田 昔から世の中でどんなことが起こっているのか興味があって、大学では社会学を学び、卒業後はラジオ局に勤め音楽番組のディレクターになりました。そのころは社会全体のトレンドよりも、自分の興味のある範囲でいま何が流行っているか、ヒットしているかに興味を持っていました。80年代は「トレンディドラマ」が流行ったりして、「トレンド」という言葉がかっこいいものとして認識されていました。

中村 80年代は「トレンド」に世間がなびいていた時代でしたね。

品田 それから仕事の経験を積んで社会を知るようになると、一つひとつの事象である「点」同士には関連性があって、それが「線」になり「面」となって広がっていくことがわかりました。この「面」こそがトレンドだと考えています。トレンドというものは市場に常に存在していて、無視することはできません。ですが、いまの時代はトレンドに振り回されたりする人はカッコ悪いものとして見られます。大事なのは、誰に向けて何を発信するべきか、どう発信していくか、ですね。

中村 それでは、岩下さんにとってのトレンドってどんなものでしょうか?

岩下直司(以下、岩下) 私にとっての「トレンド」は世の中の変化のメカニズムです。 リクルートは時代と世代の要請に合わせて事業を起こしてきた企業ですので、世の中のメカニズムを読み解くことが競争力の根底にあると考えています。リクルートは、1960年代から80年代までの日本の高度経済成長期は、就職、進学、住宅などの団塊の世代の必需に応えるような事業を次々に開発していました。80年代の後半以降からは、団塊ジュニアを中心とした世代の生活をより豊かにする結婚、旅行、飲食や美容などの事業を展開していったという歴史があります。

私たちはファッションなどの一時的な流行トレンドとは異なり、後戻りすることのない中長期のトレンドを捉えようとしています。たとえばインバウンド需要の増加が如何に各領域に影響を与えてくるかなど、ビジネスとしての発展性を生活者や企業の動向から読み解いていきます。

中村 お二人がトレンドをビジネスシーンで活かすまでに至ったきっかけや目的について教えてください。

品田 学生のころから自分以外の人々がもつ趣味嗜好に対して興味があり、それを突き詰めて行くことを楽しんでいました。世の中には、どんなに質が良くても支持されないもの、値段が手頃でも受け入れられないものがたくさんあります。逆に、なんでこんなものが売れるんだろうというものが人気になり、かと思えば1週間後にはそれが過去のものになってしまう、そんな話がそこら中に溢れています。そうした世の中の流れに対する疑問を学生時代から探究していて、それがそのまま仕事になったという感じですね。

仕事をし始めたころ驚かされたことがあります。1976年に山下達郎さんが出した初のソロアルバムが私の周囲で大流行していたんですが、実は数万枚しか売れていなかったということがラジオ局に勤めてわかりました。自分の周囲で大ヒットしているように思えても、世の中を見渡すとマイナーなんだと思い知らされたわけです。そこから後に国民的スターになった松田聖子さんを見て、「ああ、これが世の中の流れというものか」と気付かされました。私は自分の好きなものを世の中に発信したくてラジオ局に入りましたが、自分の好きなものと世の中が求めるものは、違うんだと純粋な驚きをもって学びましたね。

岩下 メインストリームとインディーズの違いのようなものですね。都会のある世代、といったごく限られた場で流行っていることが、他の世代や地方では全く認知されていない、または、その逆の現象というのはよくありますよね。

品田 流行りというのは、自分の感覚や趣味とは全く違うところにあるのだとつくづく痛感しました。こうして自分の好きなものと、世の中のトレンドの違いについて学んだことは挫折経験として記憶しています。とにかく流行について考え続けたミーハーな20代でしたね(笑)。

岩下 私は品田さんとは対照的に、根暗な理系の学生で80年代、90年代はトレンドとはほぼ無縁な生活を送っていました。

品田 えー!? 意外ですね。

岩下 子供の頃から森羅万象・世の中に対する好奇心や探求心みたいなものが強かったので理系に進んだのですけどね(笑)。大学では研究生活、社会人になってからもエンジニアとして仕事をしていて、世の中がバブルに沸いていた時代なのに、トレンドを追うどころか忙しすぎてお金を使う時間すらありませんでした。その後、2000年代に入ってから会社の中で異動し、メディアをマネジメントする立場になりました。

その当時、リクルートには名物編集者が多くいて、私は、彼らのセンスや企画力を科学的に再現できないかとリバース・エンジニアリング的な発想で分析思考を巡らせていました。その頃からから次第に世の中の動きやトレンドに対する意識や感度が高まっていきました。

うまくいくコツは世の中で何かが起きる直前にある

中村 品田さんは1987年にラジオ局のディレクターから週刊誌の編集者に転身されていますが、トレンドの捉え方に変化はありましたか?

品田 当時のラジオ関東(現:RFラジオ日本)の先輩プロデューサーが流行の仕掛け人でした。大阪を拠点に活動していた、やしきたかじんさんをはじめて東京に連れてきたり、演歌歌手の三橋美智也さんのミッチーブームを巻き起こしたり、トレンドを作る人が身近にいたんです。

この時代は素材を掘り出して、そのまま「いいでしょ」と世の中に紹介していただけでした。ところが、ある時から世の中の状況を読んで、掘り出した素材に適切なアレンジを加えて、適切なタイミングでリリースしてヒットを仕掛けるような動きがラジオ局内で一般的になっていきました。先輩からは世間の流れの先で待ち構えていると、時々ドンと当たることがあるんだと学び、自分もヒットを仕掛けようとしていましたね。

そして1987年に、日経マグロウヒル(現在の日経BP社)の週刊誌の編集部に転職することになります。そのときの上司が『日経ビジネス』の切れ者記者として有名だった方でした。これが潮目の変わりどころで、世の中で何かが起きる直前に仕掛けて商売をするんだとその上司から学びました。自分の趣味趣向とは関係なく、技術の進歩や世界的なお金の流れも絡めて世の中の流れを読み、ウケる特集や記事を狙って発信していくようになりました。

中村 ジャーナリスティックに事実だけを伝える新聞や放送とは違って雑誌は先を読んだ企画を立てないと立ち行かないものだ、ということでしょうか。

品田 その通りです。起きた事件を追いかけても、新聞にはなり得ても雑誌にはなりません。雑誌は多少のリスクを背負ってでも、先を見通したことを載せなければいけないんです。

その上司は、高度経済成長の終焉期を表現したキーワード「重厚長大から軽薄短小へ」という言葉をつくったチームにいて、こうしたフックをもつキーワードをつくることが雑誌の仕事だと話していました。それを聞いてから、世の中の流れとしてのトレンドを強く意識するようになりましたね。

情報は都市だけでなく地方にもある。多様な世界を知り、その違いを認識することが第一歩

中村 世の中の先を読んでトレンドを仕掛けるために、普段からどのように情報収集しているんでしょうか。

岩下 同年代や同じ会社の人とばかりつるまないことですね。つまり、積極的に他の世代や仕事関連以外の人と関わるようにするということ。私の場合は義務感からではなく、その方が楽しいからそうしているのですが、いろんなジャンルの世界を知り、その人たちと話すことで様々な感覚や視点を吸収するんです。

あとは普段暮らしている東京以外の感覚に触れることも大事です。東京と地方の感覚が違うということ理解することはトレンドを考える上で不可欠です。帰省したときや旅行先で自分が肌で感じる"地べた感"は、私の働くリクルートのオフィスのある東京の巨大な高層ビルのなかでは決して感じることはできませんから。

中村 デジタル全盛の時代でITと密接に関係した仕事にもかかわらず、アナログな方法で情報を集めているとは意外でした。

岩下 世代にしても地域にしても、それぞれが違うという事実を肌で感じることが世の中を知る上ですごく重要なんです。

品田 足で稼ぐことが重要ですよね。1980年代後半から「答えはストリートにある」なんていわれていて、とにかく街に出ることが世の中の流れを知る上で欠かせないことでした。いまでもいろんな人に出会うと、いろんな社会の形が見えてきます。そうしてたくさんの驚きに出会うことで自然と時代に流れる感覚が身についていきますね。

後編へつづく

「トレンドって作れるんですか?」 日経BP総研 マーケティング戦略研究所 品田英雄×リクルート岩下直司、中村太郎

  1. 前編
  2. 後編

プロフィール/敬称略

品田英雄(しなだ・ひでお)

日経BP社 日経BP総研 マーケティング戦略研究所 上席研究員

1980年に大学卒業後、ラジオ関東(現在のRFラジオ日本)入社。洋楽番組のディレクターを務める。87年日経マグロウヒル(現在の日経BP社)入社。記者、開発室を経て、97年編集長として「日経エンタテインメント!」創刊。その後、同誌発行人等を経て、2013年から現職。日経MJ「ヒットの現象学」、日本経済新聞「ためになるエンタメ」連載。デジタルハリウッド大学大学院客員教授等、テレビ・ラジオ・講演にも取り組む。著書に『ヒットを読む』(日経文庫)。

岩下直司(いわした・なおじ)

リクルートホールディングス リクルート経営コンピタンス研究所 コンピタンスマネジメント推進部 兼 R&D 次世代事業開発室

1987年リクルートに入社。通信事業で様々な職種を経験した後、自動車領域、旅行領域のプロダクト企画、事業企画を担当。通販ユニット長を経て、07年コンピタンスマネジメント支援室(現リクルート経営コンピタンス研究所)に異動。現在はFORUMや、メディアの学校の企画・運営など、グループ各社の事業支援と人材育成に関わる。

中村太郎(なかむら・たろう)

リクルートホールディングス 広報部 社外広報グループ

新卒で化粧品メーカーに入社し、販売企画や流通営業担当を経て、広報グループマネージャーを長く務めた後、2014年にリクルートホールディングスに中途入社。現在は、トレンド予測発表会の企画・運営やリクルートホールディングスが運営する2つのギャラリー、地方創生の取組みなどの広報活動を担当。

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