個人を大事にしチームを育てる − 万協製薬 社長 松浦信男さんが考える社員のコンディションを大事にする経営とは

個人を大事にしチームを育てる − 万協製薬 社長 松浦信男さんが考える社員のコンディションを大事にする経営とは

写真:佐坂和也 文:小山和之

ビジネスに限らず、社内ファミリー制度や社員旅行補助金、独自のジョブローテーションといった仕組みでも注目を集める企業が三重県にある。万協製薬だ。同社社長 松浦信男さんが考える会社やチームのあり方を伺い、今私たちが重要視すべき働く上でのスタンスを探る。

本記事は『働き方変革プロジェクト』サイトに掲載された記事を転載したものです。

見出し:変化の中で気づいた、慣れないことの大切さ

― 万協製薬は震災を機に三重県に移転されたと伺っております。そのときの話をお聞かせ頂けますか?

万協製薬は、1960年に外用薬メーカーとして神戸で創業しました。当時はある大手企業1社の1製品を製造するメーカーとして営業していましたが、1995年の阪神・淡路大震災で本社工場は壊滅的な被害を受けます。しかも、当時の社長で創業者だった父や従業員も含め、だれひとりこの会社の存続を支持してくれませんでした。そんななか、周囲の反対を押し切り、翌年この三重県で再スタートを切りました。もう一度自分の思うような世界を一から作り直したいと思ったんです。

― 移転した直後はどのような状況だったのでしょうか?

当時はもう生き延びるのに精一杯でした。ブラム・ストーカーの『ドラキュラ』という本をご存知ですか? この本の最後には「私たちは火のなかをくぐるような日々を過ごし、今ここにいる」といった趣旨の言葉が書いてあるのですが、僕の震災からの数年間はまさしくそのような日々でした。

― かなりのご苦労をされたんですね。

最初はベンチャー企業のようなもので、どんどん会社を成長させていけるのでやっぱり面白かったんです。でもその状態にも徐々に慣れてきてしまいます。「日常性に回帰する」と僕は呼んでいるんですけれども、社長も飽きるし、おそらく社員も飽きてくる。でも定年まで勤めるには40年近く会社に所属するわけですから、そこで飽きてしまうと、社員は会社からとてもひどいサービスをうけているのと同じ状態とも言えるわけなんです。

僕はそれをなんとしてあげたいし、なんとかしなければいけないと思っているんです。だからこそさまざまな面白いことが起こる会社であり続けたい。それは社内制度もそうですし、事業内容においても同じことが言えます。

松浦信男

本当に成長できるチーム力」を身につける

― 会社が成長していくなかでは、どのような変化がありましたか?

成長の過程では無理をすることが多くなりがちです。むしろ会社も人も多少無理をしないと成長しないとも言えます。うちもいまでこそ休みが多いなどさまざまな制度がありますが、一時期は離職率が18%ぐらいまで上がってしまったことがあったんです。そこで辞める人に、理由を探るためのアンケートを採ることにしました。

すると「会社のなかで相談できる人がいない」というのが理由の1つとして明らかになりました。そこで上司や部下などと話しやすい雰囲気を作ろうと考えたんですが、同じ部署の人には相談しづらいことも分かりました。だったら違う部署の人と話せるようにしようと思い、別部署に所属する人同士を4人組のチームにする「プチコミュニケーションファミリー(以下・プチコミファミリー)」というものをつくりました。

― プチコミファミリーでは、どんな取り組みをされているのでしょうか?

プチコミファミリーで食事会をする時には、毎回1人3000円分を会社から支給します。別部署の人とのコミュニケーションの機会を作れるようにしたんです。また、年齢とは関係なく入社の早い人を長男長女、遅い方を次男次女という位置づけにし、研修旅行などもそのチームでやっていくことで離職率が徐々に下がっていったんです。毎年チームは変わるんですけどね。

それから、ちょうどその頃から社員旅行が楽しみにくくなっていたんです。人数が増えたので、最後の子が食べ始めた時には最初の子はもう食べ終わっている......みたいな感じで。そこで社員旅行もプチコミファミリーごとに行くような制度にして、旅行プランを私にプレゼンしてもらい、OKがでれば1週間の休暇と1人10万円の補助を出すようにしたんです。

― こういった制度は松浦さんが発案されたものだったんでしょうか?

プチコミファミリーは僕が考えました。こうした制度をはじめとして、ちょっとでも前よりもよくなったと思えるようなことをしたいと思っています。社内関係・仕事のやり方も、製品を1つ発明するのと同じです。もちろん社員からこんなことをしたいという要望も受け入れていますし、公序良俗に反しないものならとりあえずやってみるようにしています。やらずにする後悔よりやってみた後悔の方が3倍価値があるって言うじゃないですか。そういった実験を通して、もっと会社を不安定なもの・不定形のものだと考えられたらいいのでは、と思っています。

― ジョブローテーションでも、社員を成長されるためだけではなく、人が入れ替わった時にもちゃんと機能する仕組み作りをされているとか?

いかに素晴らしいスキルをもった社員がいたとしても、その人が抜けることで会社の業績が下がってしまうのは問題です。だからこそ、会社の能力は個人に帰属するのではなく、組織に帰属させるべきです。そのためには、さまざまなことを他の人でもできるようにしなければいけない。そのために万協製薬では、能力差が生まれやすい仕事はできるだけ機械化しようとしています。むしろ、一番評価されるべきなのは人に教えることができるスキルだと思います。さまざまな技術を教えられる人ほど、会社にとってその人の価値は高いと思いますし、その点を評価すべきだと思っています。

― 社員を育てることは会社を育てていくという意識を強く持たれているのでしょうか?

そう、組織を育てるんですよ。よくチームワークって言いますが、チーム力があっても本当に強いところには負けるんです。チーム力だけではだめで「本当に成長できるチーム力」が必要なんだと思うんです。属人化するとそこで頭打ちになってしまいます。

例えばチームのだれかがプチコミファミリーで旅行に行くと、1週間その人がいなくなるわけです。すると、だれかが代わりにその人の仕事をやる必要がでてきますし、本人も自分がいなくても大丈夫だという実感を持ちます。こういったことが日常的にあると、他の人の仕事をカバーする関係性も築けますし、チームとして強くなっていくんです。

― 逆にいままでやってみて失敗したなと思ったことはありますか?

360度評価は失敗しました。評価まではよかったんですが、それを張り出したら猛烈に怒られて社員に土下座させられました。(笑)

失敗に関して言うと、僕は科学者ですから一回やってみてどうかっていうのを結構冷静に見ているところがあるんですよ。日本は文系の社長さんが多いイメージがあり、ロジカルというよりはエモーショナルなスタイルの方が多い気がしますが、僕はもう少しドライに見ているのかもしれません。

それには、どんなに頑張っても震災で全部なくなるという、不条理なことを経験していることも原因しているのかもしれません。だから100%完璧に計画する必要はないと思っています。あり得ないと思っていたことが起こってもいいと考えています。

営業部を持っていないのもこういった理由からです。無理して注文を取ってなんとか成功させようとするのはしんどいじゃないですか。例えばトレーニングでも、無理に姿勢を崩してやっても全然筋肉がつきませんよね。大事なのはスタイルで、スタイルをちゃんと保ちながらトレーニングすればいい。会社もそうじゃないかなと僕は思いますけどね。

松浦信男

阪神・淡路大震災の経験から、いま伝えるべきこと

― 講演等もよくされているかと思いますが、どのようなことを伝えていらっしゃるのでしょうか?

一時期、僕はよく震災の話をしていました。三重に移転して頑張っていたら業績も上がってきて、銀行などからその秘密を教えてくれと言われるようになったんです。そこでは、ベースにある震災の話をしないと、ビジネスモデルを新しく考えたとか、人に必要とされたいと思うようになった、というようなことを説明できないからです。

でも、それを話すのは結構つらかったんです。震災のことを思い出すから。だからCDに録音して聞きたい人に渡すようにしていたんですが、それでも、CDを聞いた人が「この話をうちに来て話して欲しい」と言うわけです。そこで、震災の話をしなくても、興味を持ってもらえるようにするためには、僕自身がちゃんとビジネスの人間として評価される存在になるべきだと考え、色々な賞をとるなどビジネス面で評価されるように努めました。

ところが今度は「松浦さん今回は震災の話はしないでください」と、言われるようになりました。理由を聞くと「お涙頂戴みたいな話を聞きたいわけじゃないんです」と。それはそれで引っかかるわけです。僕はお涙頂戴の話をしたいと思ったことは一度もないのに。ほかにも「松浦さんは語れる過去があってかっこいいですよね。僕もあなたみたいに全てを失うとそんな経営者に生まれ変われますか」と言われたこともありました。
たしかに、さまざまな変化が全部震災に帰結するんです。全部阪神・淡路大震災のせいなんですよ。でもそれとこれとは別問題です。

そうするうちに時間が経ち徐々に震災のことを忘れようとしていた頃に、今度は東日本大震災が起こりました。僕と同じような気持ちを持つ人がごまんと日本中に出てしまった。僕はその16年先を生きているから、皆の気持ちがどのように変わっていくか分かるんですよ。とてつもない孤独感とか、厭世観とか、凄く嫌な気持ちとか。

そんなときにオファーを頂いて出演したテレビ番組で、村上龍さんに「君は東北の未来を生きているんだから、今こそ自分の今まで思ってきたことを言うべきじゃないのかな。君しかそういうことは言えないんだから」と言葉をかけてもらったんです。僕はそういった類いの話をあえて長いことしなかったんですが、村上さんの言葉で、自分が思っていることを、他の人にほんの欠片でも分かってもらえればいいのではないかと考えるようになりました。企業人として、もう少しちゃんとした形に純化して伝えていければと。

松浦信男

リラックスした関係性がよいものを生む

― 今後、万協製薬はどういうビジョンを描き進まれていくのでしょうか?

先日海外の企業をM&Aしました。そのきっかけは、この1年間でコンサルをやっていたことにあります。まったくみずしらずの会社の業績を、どうやって上げるかをずっと考えていたんです。ブリの養殖や水産加工業、建築事務所まで、業界も規模もバラバラの方を相手にしていました。最初はひたすら話を聞き続け、徐々にここをこうしたらいいかも、という提案を少しずつ試すようになってきています。そのなかで経営が上手くいっていない取引先の会社さんからも引き合いをいただき、色々お手伝いをしてきました。そこから、ここの経営もお願いします、という話になったんです。もともとそこの会社が欲しかったというわけではなく、そうすることが一番いい形だったので。

― 事業内容も広がってきているということでしょうか?

僕は今までスキンケア商品しかやらないと決めていたんですが、それは僕だけのこだわりでしかなかった。ブリがどうやったら大きくなるかを考えなければいけなくなったときに、自分の能力を総動員してどこまでできるのか。それはそれで疲れるけれども面白かったんです。

タイの会社を訪問した時に、どうでもいいようなことが気になったんです。外でランチをしている子がいたんですよ。社内に食堂があるのに、なぜ外でランチを食べているのか聞いたら、「だってこんなにいい天気なんだから外で食べた方が美味しいと思いませんか?」と言われ、すごくショックを受けたんです。そんな素敵なことを言う子を路頭に迷わせてはいかんなと思いました。そういう小さなことがとても気になるんです。

僕のなかにどこか乙女チックな部分があるんでしょう。とにかく、人をがっかりさせたくないんです。震災の時に会社のがれきを片付けながら、誰かが僕を励ましてくれないだろうかとずっと思っていました。でもそんな人は現れませんでした。だからこそ、僕はどこかでそういう人になろうと思っているんだと思います。そして、僕が出会った人が楽しく気持ちよくなってもらえたらと思っています。

― とても大事なことですね。

僕は人と人の関係はもっとリラックスしたものであるべきだと思うんです。組織や人、経営者や社員、お客さまも含めてリラックスしたなかでこそ、よいものが生まれるのではないかと思うんです。日本でここ20年、最もよかったことはクールビズができたことだと思うんですよ。ネクタイを締めないことも、多少なりともリラックスにつながると思うからです。

― 松浦さんは社員と会社の関係をどう考えていらっしゃいますか?

僕はよく、経営者を花壇の管理者に例えます。咲いているのが社員だとしたらその花がどのように根を下ろし、どんな風に光を当て、雨や風から守ってあげたらきれいな花が咲くかを想像する。つまり、それぞれのコンディションを大事にし、実力を最大限発揮できるような状態を作ってあげられるよう試行錯誤する。それが経営者の役割だと思っています。

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