「起業小国」日本で考える、アントレプレナーシップ教育『高校生Ring』の意義

「起業小国」日本で考える、アントレプレナーシップ教育『高校生Ring』の意義

『高校生Ring』は、2021年度に全国高校生に対してアントレプレナーシップを身につけていただくための学びを届ける参加型プログラムとして立ち上がりました。3年を経て、高校生の参加者には、どのような効果が生まれているのでしょうか?「高校生Ring AWARD 2023」審査委員長・リクルートの池田脩太郎と、外部審査員であり米・バブソン大学で世界中の大学生に対しアントレプレナーシップを教える山川恭弘先生に、その見解を聞きました。

「高校生Ring AWARD 2023」を振り返って

― 山川先生、初めて「高校生Ring AWARD 2023」に参加してみていかがでしたか?

山川恭弘先生(以下山川):「日本の高校生が、課題解決に取り組む姿が格好良い!」と純粋に感動しました。私は職業柄、普段出会う日本人と言えば行動的な起業家ばかり。日本社会では、起業家はマイノリティですし、周囲からも「新しい事業に挑戦する」生き方自体が、特殊に思われると聞きます。私が教鞭を執るアメリカの教育現場では、加点主義の価値観が根強く、学生自身が主体的にプレゼンスを発揮しないと評価を得られません。

そんな私から見て、日本の教育現場は真逆の状況。日本でも「新しいアイデアに挑戦する人」に、もっとスポットライトが当たると良いのに。そう考えていた時、お話をいただいたのが「高校生Ring AWARD 2023」審査員の機会でした。

「高校生Ring AWARD 2023」外部審査員であり米・バブソン大学で世界中の大学生に対してアントレプレナーシップ教育を専門に教鞭をとる山川恭弘先生
「高校生Ring AWARD 2023」外部審査員であり米・バブソン大学で世界中の大学生に対してアントレプレナーシップ教育を専門に教鞭をとる山川恭弘先生

― 3回目の開催となる今回の『高校生Ring』は、全国から25,827名の高校生が参加したと聞きました。

池田脩太郎(以下池田):2021年に試験的に立ち上げた時は500名の参加者でしたから、加速度的に増えて驚いています。その背景を考えると、教育現場に関わる社会人が身をもって「これからの社会に必要だと思える」プログラムを体現していることに尽きるのではないか、と思っています。

これまでの日本の学校教育では、「認知能力※1」を高めることに力点が置かれてきました。ですが、今の社会では「答えのない問いに主体的に解を見出し、周囲を巻き込み、納得させながら、良い影響を与えること」がより求められます。これに直結するのは、アントレプレナーシップであり、その土台である「非認知能力※2」を高める教育機会は、既存の教育システムでは限られます。

その状況を何とかしたい、という高校の先生方と、『スタディサプリ』などを通じて教育現場を支援してきたリクルートの考えが一致し、参加校の拡大につながったと考えます。

※1:知識や情報を処理し、論理的に考え、問題を解決する能力。一般的には、知能検査で測定できる能力を指す
※2:感情、性格、行動パターンなど、認知能力以外の能力を指す

『スタディサプリ』の独自メソッドでは、基礎学力支援を中核としながら、「非認知能力(EQ)」といった「これからの社会を生き抜く力」の獲得を支援している
『スタディサプリ』の独自メソッドでは、基礎学力支援を中核としながら、「非認知能力(EQ)」といった「これからの社会を生き抜く力」の獲得を支援している

『高校生Ring』を立ち上げ、3年で表れた効果を分析

― 『高校生Ring』に3年間取り組み、参加者にはどのような効果が表れましたか?

池田:最も手ごたえを感じているのは、参加者のうち、63%が「『高校生Ring』を経て『もっと勉強を頑張りたい』と感じた」と回答している点です。参加者自身が「自分の半径5mにある課題を理解し、解決するには、普段の学校の勉強が必要なんだ」と気づいているということ。自分から勉強の意義を見出し、主体的に取り組める生徒さんが増えていることは大きな成果だと思っています。

「数字で見る『高校生Ring』」。2023年度の参加者の一部に対して実施したアンケートを元に、生徒・先生が実感したプログラムの効果を可視化している
「数字で見る『高校生Ring』」。2023年度の参加者の一部に対して実施したアンケートを元に、生徒・先生が実感したプログラムの効果を可視化している

― アントレプレナーシップ教育を専門とする山川先生の視点では、どうですか?

山川:私は「生徒の非認知能力向上に寄与した」と回答した先生方が91%もいることが、強い事実だと思いました。アントレプレナーシップ教育では、IQといった認知能力の高さではなく、EQ※3、SQ※4、AQ※5といった知能指数に代表される人と感情でつながる力、社会性、やり抜く力などの非認知能力の方が重要だからです。ただし、そうした能力の効能は可視化が難しいため、教育する側としてもこうしたサーベイのなかに「非認知能力」という言葉を組み込み、まずはその効能自体の認知を高めていく努力も必要だと思っています。

※3:Emotional Quotientの略称。自身や周囲の人達の感情を適切に察知し、うまく扱う能力のこと
※4:Social Quotientの略称。他者と関わるときに発揮される社会性や対人能力のこと
※5:Adversity Quotientの略称。逆境や困難に直面した際の対応力のこと

池田:これまで『高校生Ring』を運営してきた経験からも、筋の良いビジネスプランを出せるかどうかは、必ずしも認知能力とは相関しないのでは、と感じています。

山川:他にもアントレプレナーシップに非認知能力が重視される事例として、バブソン大学の入学試験では、共通テスト(SATやGMATなど)のスコアは制限を設けず、その代わりにエッセイを通じて、失敗経験も含めた自己理解、自分の夢を売り込む力、夢を実現するための行動力などを重視しています。

最近では、日本の大学でも総合型選抜(AO入試)を導入するなど、生徒の認知能力以外の能力を多角的に測ろうとする大学が増えていますが、実態としては難しい状況と聞きます。なぜなら、多くの生徒にとって勉強以外に挑戦できる環境があるかどうかは、親の年収など本人以外の要素が関わるため、結果的に部活などに限られ、経験が均質的になってしまうんです。

その状況に鑑みると、『高校生Ring』が、生徒にとって学外での貴重な挑戦機会、いわば人生のターニングポイントになっていると嬉しいですよね。高校生が自分で新規事業のビジネスプランを考え、フィードバックを得られる機会なんて他にはありませんから。参加すること自体に、独自の挑戦と失敗体験を得られる価値があると思います。

『高校生Ring』の外部審査員のバブソン大学・准教授の山川恭弘先生(左)と審査委員長のリクルート・池田脩太郎(右)

アントレプレナーシップは、より幸せな選択肢を掴むためにある

― 山川先生は、普段どのように「アントレプレナーシップ教育」を教えていますか?

山川:必ずしも「起業しろ」と言うのではなく、「起業家のように考え、行動しよう」と教えています。

アントレプレナーシップとは、起業を前提とせず、社会の課題を認識し、その課題を主体的に解決することに尽きると思います。現状に不満を言うのではなく、まずは解決する側に立つというスタンスが重要ですから、今手元にあるものでできるアイデアを考えて、行動してみることを促します。

また、良いアイデアであればあるほど、 ひとりでは実現できませんから、周囲を巻き込み、自分や他人の失敗に寛容になれ、とも教えています。授業でも「さまざまなバックグラウンドを持つ人とチームワークができているか」といった点を必ず評価するようにしていますね。

日本の教育では、大学の経営学部などが中心となりビジネスの知識として「アントレプレナーシップ」を教えますが、アメリカの教育では、ライフスタイルそのものとして捉えているので、早ければ初等教育から触れる機会があります。私としても、ビジネス・プライベートを問わない汎用的な行動法則だと考えているので、日本の生徒さんにもぜひ人生のなるべく早いうちに、触れていただく機会を提供できたら、と思っています。

池田:アメリカでは「ライフスタイル」と言えるレベルまで定着しているのが凄いですね。『高校生Ring』を通じて、日本流のアントレプレナーシップ教育の形を創れたら、と思っています。

「高校生Ring AWARD 2023」で審査委員長を務めたリクルート・池田脩太郎
「高校生Ring AWARD 2023」で審査委員長を務めたリクルート・池田脩太郎

山川:日本は起業小国とされ、国民の「起業機会」や「自分のアイデアが新しい価値を生むかもしれない」と思える機会実感が世界で最下位レベルであることが、バブソン大学の研究データでも証明されています※6。海外からすると、日本はハイテクノロジーであり、安全、安心、便利等、 さまざまな観点から優れた環境であるのに、実に勿体ない。自分のアイデアを発案し、実現しやすい風土にするためにも、まずはそれを経験した人材を社会に増やしたいですよね。

※6:Entrepreneurship Monitor Reports

池田:実際に『高校生Ring』参加者の感想では「自分の意見を誰かに言って良いんだと思えた」というコメントが多いんです。改めて『高校生Ring』を「自分の意見は言う価値があり、社会を動かすきっかけになりうる」と気付いてもらうきっかけにしたいですし、将来的にはプログラムの効果実感の指標になりうるかもしれない、とも思います。

山川:高校生の皆さんが、純粋にワクワクして、情熱を持って挑戦できる環境を創っていきたいですよね。私個人の見解として、アントレプレナーシップは、世界中がよりハッピーになるためのマインドセットだと思っているんです。勿論、ビジネス上の議論では、マーケット規模など客観的に認識を揃えやすい判断基準を置きますが、そもそも大事なのは「1人の人間として幸せになるためには?」という観点で考えること。“Happiness is a choice. ”という言葉のように、自分の幸福度を軸により幸せな選択肢を掴んで生きていくことに、その本質があり、アントレプレナーシップ教育は、究極には選択の教育だと考えています。

池田:面白いですね!そんな視点でアントレプレナーシップを捉えているんですね。それぞれの「幸せになるため」の判断が、結果的に起業などの新しい挑戦につながることで、社会の課題解決が為され、皆が幸せになっていく。そんなムーブメントを創っていきたいですね。

『高校生Ring』の外部審査員のバブソン大学・准教授の山川恭弘先生(左)と審査委員長のリクルート・池田脩太郎(右)

登壇者プロフィール

※プロフィールは取材当時のものです

山川 恭弘(やまかわ・やすひろ)
バブソン大学 アントレプレナーシップ准教授

起業道、失敗学、経営戦略の分野で教鞭をとる。ピーター・ドラッカー経営大学院にて経営学修士課程修了 (MBA)。テキサス州立大学にて国際経営学博士号取得 (PhD)。エネルギー業界にて新規事業開発やスタートアップ設立の経験を持つ。起業・経営コンサルに従事すると共に自らもベンチャー企業のボードメンバーを務める。アントレプレナーシップに関する多数の学術論文を執筆。経済産業省推進「J-Startup」推薦委員、文科省起業教育有識者委員他

池田 脩太郎(いけだ・しゅうたろう)
株式会社リクルート プロダクト統括本部 プロダクトマネジメント統括室 販促領域プロダクトマネジメント室(まなび) Vice President

大学卒業後、2009年に入社。進路事業本部に配属。『New RING(現Ring)』を経て12年より『受験サプリ(現スタディサプリ)』の立ち上げに携わり、営業組織の立ち上げや小中高BtoB、進学情報領域のプロダクトを担当。2020年より現職

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