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SPECIAL INTERVIEW

【後編】マーティ・フリードマンに聞く - なぜ世界的に有名なギタリストは、一人でJ-POPに乗り込んだのか

グローバル , グローバル人材 , 働き方 , 北米
SPECIAL INTERVIEW

文:高山裕美子 写真:依田純子

日本に来て最初に苦労したのはゴミの分別!? 自ら機会を切り拓く、マーティ流の人生哲学

ゼロからの再スタート

― 日本にいらして一番最初は、相川七瀬さんのバンドのメンバーになられたそうですね?

知り合いから相川さんを紹介されて、意気投合したんです。その時は一切音楽の話はしませんでしたが、次の日に彼女のマネージャーから連絡があり、「バンドに入ってください」と言われて、「やったー!」と。邦楽の仕事ができるのがすごくうれしかった。邦楽に足を踏み入れられたのはそれがきっかけでしたね。彼女とはうまくやれるという確信がありました。相川さんのツアーに同行すると、彼女のファンは「あのロン毛の外人誰?」って感じでしたね。邦楽を聴いている人は洋楽の世界を知らないじゃん。僕がいたバンドも、メタリカも、クイーンもジョージ・マイケルもみんな一緒だと思っているからね。気に入ってもらうためにすごく頑張らなくてはならなかった。でも、それが新鮮で楽しくて、新たなチャレンジでもありました。

― 日本の音楽界で仕事をするようになって、コミュニケーションや文化の違いなど、困ったことはありましたか?

最初は言葉の問題がありました。会話に関西弁が入るともうお手上げでした(注:相川さんは大阪出身)。でもツアー中は「わかるふりをしよう!」と決意して、演技に徹しました。今は関西弁も大抵はわかるようになりましたが、「言葉を理解しているふり」は上手になりましたね。それは大事なことだと思います。今でも、政治や経済、医学とかの専門用語が話題に出るとアウト。「なるほど」という顔で聞いています。

― 今では驚くほど日本語が流暢ですよね。日本に何十年住んでも、日本語を話せない外国人はたくさんいます。

そういう人は理解できません。「トイレはどこ?」って言えなくてどうしますか? レストランのメニューも、新聞も読めないじゃないですか。

マーティ・フリードマン

― 日本語の新聞を読まれるんですか?

当たり前。そんなことでびっくりしてほしくないよ。政治経済の専門の新聞は読めないですが、スポーツ新聞のちょっとエッチな欄なども読みますよ。興味のあるものは読めますね(笑)。アメリカで日本人が完璧な英語を話してもチヤホヤしてもらえませんが、日本で僕みたいな外国人が日本語を話すと、皆さんが感謝してくれるので、がっかりさせたくないんです。日本にいて日本語を話そうとしない外国人は理解できない。日本語がわからないと楽しめないこともたくさんある。日本人の友だちとメールのやりとり、超楽しいじゃん。ツイッターとかね。その楽しさがないのはもったいない。

― 日本での活動が幅広く、ユニークです。八代亜紀さんとも共演されましたね。

あの時はびっくりしました。僕がテレビで演奏をしていたのを見て、「曲を書いてほしい」と頼まれたんです。うれしくて、死んでもいいじゃん!って思ったよ。あなたの声を分析しましたよって。神様のような声を尊敬していましたから。挨拶ができるだけですごくうれしいのに、そういった貴重な経験ができて感謝しています。

― ももいろクローバーの楽曲に参加したり、AKBの武道館ライブにも出演されたりしています。

最近では、アニソン(アニメソング)のアーティストと一緒にやって、楽しかったですね。自分のソロ活動がメインではあるんですが、他のミュージシャンとのコラボは楽しいですし、「やってみたいな」と思うと実現したりして、恵まれています。

― 「空耳アワー」のようなマニアックなコーナーにも登場されました。

実はアメリカで日本語を勉強し始めた時からツアーバスの中でよく見ていました。映像もあって、わかりやすいから楽しいんですよね。僕がギターを弾いている曲なんかも出てきていた。出演の依頼は光栄でした。視聴者が選んでくる曲はワールドミュージックからロック、ポップス、ヘヴィメタルまでバラバラで、どれほど日本人が音楽を愛しているか、興味があるかということだよね。アメリカ人はアメリカの音楽しか聴かないからね。イギリスで爆発的に売れた、オアシスやロビー・ウィリアムズだって知らない。それはちょっと恥ずかしいです。

マーティ・フリードマン

一度失敗したら、同じ過ちは繰り返さない

― テレビ出演といえば、日本の放送禁止用語をご存じなかったとか?

前にNHKのラジオ番組生放送で、番組のパーソナリティの方に、「マーティさん、昨日のライブはいかがでしたか?」と聞かれたんです。僕は、「みんなクレイジーだったよー」という意味で、放送禁止用語を言ってしまった。そしたらスタジオがシーンとなって、あれ、自分、変なこと言った?って思ったら、「マーティさん、後で説明します」って。クレイジーだったらよかったんだけど、翻訳したらダメだったんですね。でも、こういうシチュエーションになったから、日本の放送禁止用語を知ることができました。「言っちゃダメな言葉を全部教えてください」って(笑)。二度と同じ過ちは繰り返しません。アメリカの放送禁止用語は下品な言葉が主なので、禁止される理由が違うんです。だから文化がわからないと難しいですよね。

― 昨今のJ-POPだけでなく、一昔前の歌謡曲もお好きだそうですね。

あの時代の音楽はあまり詳しくはないんですが、山口百恵さんの曲と彼女のスタイルは好きですね。松田聖子さんも同様です。日本には歌謡曲の名曲が沢山あります。メロディ、コード進行など、日本にしかない音楽だと思います。その時代、洋楽の真似をしようとしていたらダサいじゃん。いい曲は現代のJ-POPにもつながっていて、昔の松田聖子さんの曲などとコード進行がほとんど一緒の曲があったりする。音が現代の解釈になっているだけなんです。 こういった、Made in Japanの音楽が僕は大好きですね。

― 今後挑戦してみたいことは?

いっぱいあります。自分の中でもっと新しい音楽、未来的な音楽に挑戦してみたい。また、紅白歌合戦に出たいです。実は二回出演させてもらっていて、前回は石川さゆりさんとでした。素晴らしかった。あっという間に終わっちゃったから、今度はもっと長く出られたらうれしいですね。出演の直前、ステージのソデで石川さんと一緒に待っていたんですが、彼女はベテランだから落ち着いていて、料理のレシピとかガーデニングの話を僕にするんです。僕は、(今から紅白だよ!)とすごく緊張してドキドキしていました。紅白はハワイのテレビで放映していて知っていました。その頃は訳がわからなかった。演出も派手で、日本って変わっているなぐらいにしか思っていなかった。当時の僕にとって、日本は違う惑星みたいな感じでしたから。その番組にまさか自分が将来、出演することになるなんて思いもしませんでしたね。

― 自分の糧になることなら、どんなことでも挑戦するとおっしゃっていましたが、将来、どうやって生きていけばいいか悩んでいる日本の若い人たちに、メッセージをお願いします。

自分が少しでも興味のある方向性に進んだ方がいいですね。経済的理由だけのために働くのでは、苦しいと思います。例えば、自分の理想の仕事でなくても、ちょっとでも興味がある部分があれば、逃げ場がある。それがもっと広がっていくかもしれない。例えば音楽がやりたいんだったら、ミュージシャンが難しければ、エンジニアとか技術者とかね。とにかく、ちょっとでも自分の好きなことに関わった方がいいと思う。理想の仕事なんてない。僕だって、妥協している。自分の好きな仕事をたくさんしているけど、それでも妥協は必要。少しでも好きなことがあれば、それをどう繋げていくかです。

マーティ・フリードマン

【後編】マーティ・フリードマンに聞く - なぜ世界的に有名なギタリストは、一人でJ-POPに乗り込んだのか

  1. 前編
  2. 後編

プロフィール/敬称略

マーティ・フリードマン

1962年、アメリカ・ワシントン州生まれ。90年代に世界的ヘヴィメタルバンドのメンバーとなり、ビックセールスを打ち出した後、脱退。2004年から日本に移住し、相川七瀬のバンドのメンバーを始めとする、邦楽シーンに携わる。ギタリスト、作曲家、プロデューサーのほか、音楽評論家やタレントとしても活躍。

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