【前編】新しい教育は社会に何をもたらすか? 21世紀型教育機構・石川一郎×山口文洋

【前編】新しい教育は社会に何をもたらすか? 21世紀型教育機構・石川一郎×山口文洋

文:友光だんご 写真:佐坂和也(写真は左から石川さん、山口)

21世紀型教育を研究する石川一郎氏と、スタディサプリシリーズを展開するリクルートマーケティングパートナーズ・山口文洋が考える「新しい教育は日本をどう変える?」

2020年の大学入試センター試験の変化に始まる教育改革を解説した『2020年からの教師問題』の著者・石川一郎氏は、長年「21世紀型教育」を研究・啓発してきた人物だ。現在は私立校の理事や学院長を務めながら、小学校から大学までの三位一体の教育改革、そして教員の変革を訴え続けている。

一方、スマホやPCから動画で授業を受けられる「スタディサプリ(旧・受験サプリ)」を生み出し、教育界におけるイノベーション創出に取り組み続けるリクルートマーケティングパートナーズの山口文洋。スタディサプリによって教育格差を解消するだけでなく、教育現場の生産効率性の上昇をも促している。教育の変革を訴える二人に、新しい教育が日本にもたらす未来について尋ねた。

「主体的に考え、課題解決できること」を目指す教育改革

ー 大学入試センター試験が大学入学希望者学力評価テスト(仮称)へ変更されるに至った経緯をお伺いできますでしょうか。

石川一郎氏(以下・石川) センター試験の変化は教育改革の一端に過ぎません。大学だけでなく小中高の教育も変わり、その接続部分の入試も変わる。三位一体の改革を、日本の教育全体で行うことになります。社会に出る人材を見て、産業界の方から「グローバル化が進むこれからの時代、ちょっと太刀打ちできないのでは」という声が上がってきたことが大きな要因と考えています。リクルートさんでも、最近の若者の傾向というのはよくご存知だと思いますが。

山口文洋(以下・山口) 指示されたことはきちんとやるけれど、自分の意見を言うことやクリエイティブな発想は苦手だというのはよく言われていますね。

石川 そうですね。いま、社会が大きく変わり、グローバル化が進んでいます。日本人以外の人と一緒に働く上で、自分の考えを表現する能力というのは、必要不可欠になっている。だからこそ、教育の変化が求められているということです。

ー では、日本の教育はどのように変わっていくのでしょうか。

石川 「主体的に考え、課題解決できること」を重視するアクティブラーニング型へ変わります。よく「日本人はブレインストーミング」が下手と言われています。自分で考えた答えを言う力とその理由をちゃんと述べる力が、旧来の教育ではうまく育てられていなかったんです。

山口 石川先生は著書の中で「自分軸」を持つと仰っていますよね。新しい教育には、私はとても共感しているんです。なぜなら、リクルートでも「お前はどうしたいのか」ということを社員に日々言っているからです。

石川 面白いですね。

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山口 知識をただ詰め込むのではなくて、問いを立て、なぜそう思うかという「Because」の部分を常に考え続ける。それは、まさに我々が日々行なっていることです。

石川 素晴らしいと思います。今までの教育は、正解が一つとされる知識詰め込み型。受験がゴールで、「とにかく大学受験まで頑張れ、大学へ入ってから、ものを考えろ」というような指導でした。それが、まさに「Because」を考える方向へ変わろうとしているわけです。

小中高大、全てが変わらなければいけない

ー 小中高大すべてが変わる「三位一体の改革」という点について、詳しくお伺いできますか。

石川 今までの日本は学歴社会であり、いまだに「いい大学を出れば安心」というような風潮は根強いわけです。そのため、大学入試の中身は、高校での教育に大きな影響を及ぼしてきました。だから、大学入試が変われば、高校も変わらざるを得ません。

山口 以前にもゆとり教育というものがありましたが、総合学習を導入しても、大学入試制度がまったく変わらなかったんですよね。

石川 教える時間が減ってしまって、より詰め込み教育が進行してしまうという結果になってしまいましたからね。大学、高校が変われば、当然中高の側も、新しいやり方に対応できる子供たちを育てる教育に変えていかないといけないと思うんです。

山口 ただ、我々は大学の募集広報のお手伝いしているんですが、皆さん、新しい入試の仕組みをやっていくかというのは悩まれているのが現状だと思います。いきなり全部変わるのはなかなか難しいと思うのですが、なんとかやりきっていただきたいと心の底から思っていますね。

テクノロジーは、教員の働き方を改革しなければいけない

ー スタディサプリも教育を変えるテクノロジーの一つだと思うのですが、最初に始めた時の課題感はどんなものだったんでしょうか?

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山口 そもそもは学校教育というより、放課後の教育環境格差を解消しようというところから始まったんです。日本では塾・予備校や通信教育が発達しているんですが、親の所得や、住んでいる場所などの理由から塾や予備校に通いたくても通えない人も多かった。でも、皆スマートフォンは持っていたので、低額(現在は月980円)で受けられるオンライン学習のサービスを作ろうという発想に至りました。

石川 いま、スタディサプリはどれくらい使われているんですか。

山口 おかげさまで高校生の有料会員数24.4万人、約1000校で導入していただいています。最初は教育環境格差から始まったんですが、面白いことに、立ち上げて2年くらい経つと、今度は教員の働き方改革の手助けもできるのではないか、ということが見えてきたんです。

石川 私も教員だったので実によくわかるんですが、いまの先生たちは仕事しすぎなんです。

山口 民間企業だけでなく、学校の現場でも働き方改革が必要ですよね。

石川 部活や会議、資料や課題づくりに時間をとことん費やしても生徒のためにやるのがいい先生なんだ、という風に真面目な人ほど考えすぎている。でも、生徒に教えるためには、先生も本を読んだり、いろんな外の人と会ったりして自分にインプットしないとダメだと思います。

山口 新しい教育と言われても、そもそもアクティブラーニングなんてやっている暇ないよっていう学校がたくさんあるんですよね。そこに対して、スタディサプリの教育コンテンツで教育現場の生産効率性を上げていくことができるのではないかと。教員の業務負担を減らしたり、生徒の方も画一的な授業についていけない場合に自分でスタディサプリを使って補習したりといったことができると思っているんです。例えば久米島学習センターのように、スタディサプリを使って都市部と同じレベルの教育を実現しているケースもあります。

石川 本当にね、学校だけで教育全部を引き受けようというのに無理があるんですよ。

山口 教職員室って、まだ全体的に紙で運用されているものが多いじゃないですか。それをまずIT化して効率化して、さらにワークライフバランスを量から質へ改革して、かつアクティブラーニングっていう全く新しいやり方を覚えなさいといわれる。企業がここ20年くらいで順番に超えてきた変化の波を、先生は同時に受けている感があります。

石川 全部を一度にやるのは無理ですね。

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山口 病院ですらカルテがデジタル化されて、病院同士のカルテ管理も可能になっています。だから学校でも生徒のカルテ情報をデジタル化して、小中高で引き継いで管理するようなこともできるはずなんです。宿題にしても、全部先生が手作りするのではなく、我々の動画ドリルを活用してもらったらいいと思います。

石川 生徒一人ひとりの学習到達度や習熟度に合わせて、違った宿題をそれぞれに配信することも可能になりますね。情報感度が高くてそういう最新のツールを知っている人もいるのですが、現状はツールを不得意とする人や管理することが不得意な人も少なくありません。

山口 私も企業運営をしている人間ですが、学校運営も一緒な気がしますね。生徒が従業員で、教育の方針というのが企業戦略で。戦略がころころ変わると従業員もついてこられないですから、人事評価の方法とか全部をセットで変えていかなければいけません。

石川 おっしゃるとおりだと思います。ICTツールを使えば、自分の得意・不得意に合わせてより効率の良い学習が進められるようになる。学校というのは「合同で学ぶ」場所だから、個での学びは他の手法をどんどん使っていくべき。先生たちはアクティブラーニングのファシリテーターを目指すというのが理想です。

山口 学校は個ではなく集団で、答えのないものを創造していく場所になる。そこで重要になってくる先生の役割は、一つはアクティブラーニングがスムーズに進むように、生徒の意見を引き出したり、論点を整理すること。もう一つは、生徒のやる気を起こさせたり、継続的なコミュニケーションを通じて生徒の人間的な成長を促したりすることです。AIでは決して置き換えられないこの二つの役割を、先生の大半は担うことになるのではないでしょうか。今までのような「教える」役割の先生は、今でいう「カリスマ教師」のような、ごく少数になるのかもしれませんね。

プロフィール/敬称略

石川一郎(いしかわ・いちろう)
「香里ヌヴェール学院」学院長、「アサンプション国際小・中・高等学校」教育監修顧問

「21世紀型教育機構」理事。1962年東京都出身、暁星学園 に小学校4年生から9年間学び、85年早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。暁星国際学園、ロサンゼルスインターナショナルスクールなどで教鞭を執る。前かえつ有明中・高等学校校長。「21世紀型教育」を研究し、教師の研究組織「21世紀 型教育を創る会」を立ち上げ幹事を務めた。著書に『2020年の大学入試問題』(講談社現代新書)、『2020年からの教師問題』(ベスト新書)がある。

山口文洋(やまぐち・ふみひろ)
リクルートマーケティングパートナーズ 代表取締役社長

ITベンチャー企業にてマーケティング、システム開発を経験。2006年、リクルート入社。進学事業本部で事業戦略・統括を担当したのち、メディアプロデュース統括部に異動。社内の新規事業コンテストでグランプリを獲得し、「受験サプリ」(現スタディサプリ)の立ち上げを手掛ける。2012年に統括部長に着任し、2015年4月より現職。

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